理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI2-436
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ポスター発表(一般)
高齢者の転倒と重心移動能力について
田中 勇治山中 利明望月 久
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抄録
【目的】高齢者の転倒については,支持基底面が固定された立位での動作中のような立位時や立ち上がり,座り動作時の転倒報告があり,立位姿勢が不安定であることが推測される.また,いわゆる重心動揺のような静的バランスとは関係しないとの報告が散見される.このような動作時には支持基底面を固定した状態で随意的に重心を移動する範囲(重心移動域)が狭くなっていると考えられる.広い重心移動域を有していれば,立位でのリーチ動作,振り向き動作また歩行開始時に安定した状態から動き出すことが可能であると考えられる.したがって重心移動域を測定すれば立位姿勢の安定性を評価することが可能である.そこで本研究では,この考えに基づき,転倒を繰り返す高齢者の重心移動能力を明らかにするために立位姿勢で前後,左右への重心移動域,重心動揺面積を測定し,さらにこれらの結果から得られる安定域面積(重心移動面積)および姿勢安定度評価指標(以下,IPS)を用いて高齢者の転倒と重心移動域との関連について検討を行った.
【方法】対象は高齢者転倒群(以下,転倒群)17名(女性13名,男性4名,年齢72-94歳),高齢者非転倒群(以下,非転倒群)28名(女性20名,男性8名,年齢67-96歳),若年成人群(以下,若年群)17名(女性8名,男性9名,年齢18-53歳)であった.高齢者は東京都内のK養護老人ホーム居住者のうち明白な中枢神経疾患のない者,転倒群は過去1年間に2回以上の転倒を経験した者とした.若年群は施設職員および大学職員であった.各項目の測定には重心動揺計を使用した.測定位は足底内側を10cm離した開脚立位とし,支持基底面の中央付近で最も安定した位置,および随意的に重心を前方,後方,右方,左方に移動した位置でそれぞれ10秒間足圧中心を測定した.算出した項目は以下の通りである.1.前後移動域は前方および後方の動揺中心間の距離,2.左右移動域は右方および左方の動揺中心間の距離とした.3.この2つの距離を乗じて安定域面積を求めた.4.分析に使用した重心動揺面積は5つの重心動揺面積の平均値とした.5.IPSは,望月が考案した元法に従ってlog[(安定域面積+重心動揺面積)/重心動揺面積]で求めた.各算出値は散布図により視覚的に確認するとともに,群ごとの平均値を一元配置分散分析および多重比較検定により検討を行った.また,高齢者45名についてReceiver Operating Characteristic曲線(以下,ROC曲線)を用い,転倒を状態変数としてIPSのcut-off 値を算出した.
【説明と同意】参加者は,東京都内のK養護老人ホーム居住者,施設職員および大学職員で,事前に測定に関する説明を行い,参加意志決定後であっても辞退することが可能であることを伝えた上で参加の同意を得た.なお,本研究について植草学園大学研究倫理委員会に申請し承認を受けた.
【結果】前後移動域,左右移動域,安定域面積および姿勢安定度評価指標の各算出値においてそれぞれの群間で有意差が認められ,いずれも若年群,高齢者非転倒群,高齢者転倒群の順に大きな値を示した.散布図を加えて検討した結果,姿勢安定度評価指標では各群の境界が明瞭であった.一方,重心動揺面積では有意差は認められなかった.また,転倒を状態変数としてIPSのROC曲線を求めたところ,ROC曲線下の面積は98%であった.ROC曲線の評価からIPSのcut-off 値は0.69と判断した.cut-off 値でのクロス集計表によると感度88%,特異度89%であった.
【考察】高齢者は立位姿勢で重心を移動する能力が低下しており,転倒を繰り返す高齢者でとくに低下が著しいことが示唆された.従来から使用されている重心動揺検査では,高齢者転倒群の特徴を抽出することはできないことが推察された.また,転倒を繰り返す高齢者では,重心動揺面積に対して随意的に重心を移動できる範囲が小さくなっており,IPSを用いることで転倒を繰り返す高齢者の判別が可能であることが示唆された.IPSは測定時間が比較的短く,求めたcut-off 値での感度と特異度が良好であり,高齢者の転倒のスクリーニングに有効であると考えられる.ただし,本研究でのIPS値を望月の過去の報告と比較すると若干低い値となっていた.原因としては,使用機器の違いが考えられる.実用的なcut-off 値の算出には,症例数を増やすことと機器の特性を考慮した補正が必要であると考えている.
【理学療法学研究としての意義】転倒を繰り返す高齢者の重心移動能力を明らかにすることで評価指標および転倒防止の運動療法開発の指針になると考える.
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© 2011 日本理学療法士協会
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