理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI2-437
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ポスター発表(一般)
物への軽い指尖接触が健常高齢者の重心動揺に与える影響
島谷 康司後藤 拓也高下 恵里子長谷川 正哉金井 秀作沖 貞明小野 武也田坂 厚志大塚 彰
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抄録
【目的】
転倒・転落予防として設置する手摺りは,下肢への体重負荷の軽減と支持基底面の拡大によって身体の安定性を増す役割がある。また,実際の生活場面では手摺りなどに軽く触れることによって安定性を得ている高齢者も多い。しかし,高齢者を対象としてlight touch contact(LT)の有用性を検証した報告は少ない。本研究では,静的立位時に何も触れないno contact(NC)と物に軽く触れるLTを行ったときの高齢者の重心動揺への影響を明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象は,健常若年者40名(男性18名,女性22名),健常高齢者18名(男性8名,女性10名)であった。若年者の平均年齢は20.54±1.39歳,高齢者の平均年齢は74.3±4.4歳であった。
実験環境は,防音効果のある特別な部屋を利用した。重心動揺測定機器は,win-pod(Medicapteurs社製)を使用し,サンプリング周波数は100Hzとした。測定条件として,被験者にはwin-pod上に閉脚立位をとらせた。LTは被験者の右横に垂らした紙を指尖で触れさせ,LT時に紙に触れる力が100g以下になるように設定した。また,Gotoらの報告に基づいてtouchの位置は任意とした。実験条件は開眼と閉眼の2条件とし30秒間測定した。それぞれの条件で2ⅿ前方にある目線の高さに合わせた指標を注視させ,測定中には出来るだけ直立でいることや足底の位置及び指尖の位置を変えないようにすることを指示した。なお,各試行の順序は慣れによる影響を考慮して無作為とした。
測定項目は,重心の移動量を表す総軌跡長,重心移動の範囲を表す外周面積,重心移動のばらつきを表す重心動揺実効値の全3項目とした。統計解析は,それぞれについて群(2)×条件(2)の2要因分散分析を行った。群が実験参加者間要因,条件が実験参加者内要因であり,多重比較における信頼区間の調整はBonferroniの検定を用いた。なお,全ての検定において有意水準を5%未満とした。
【説明と同意】
なお,本研究はヘルシンキ宣言に基づいて,対象者には本研究の趣旨を十分説明し,書面にて同意を得たのちに実験を行った。
【結果】
条件比較の結果,健常若年者の総軌跡長については,LT条件がNC条件と比較して有意に低い値を示した(p<.05)。外周面積については,LT条件がNC条件と比較して有意に低い値を示した(p<.01)。実行値面積については,LT条件がNC条件と比較して有意に低い値を示した(p<.05)。一方,健常高齢者の総軌跡長については,LT条件がNC条件と比較して有意に低い値を示した(p<.05)。外周面積については,LT条件がNC条件と比較して低い値を示す傾向が認められた(p<.06)。実行値面積についてはLT条件とNC条件の間に有意な差は見られなかった。また,群間比較の結果,NCの総軌跡長は健常若年者が健常高齢者と比較して有意に低値を示した(p<.05)。しかし,LTについては有意な差は見られなかった。外周面積はLT条件,NC条件ともに健常若年者が健常高齢者と比較して有意に低値を示した(p<.05)。実行値面積はNC・LTともに有意な差は見られなかった。
【考察】
静止立位時の姿勢の安定性は,「支持基底面を変化させずに身体を保持できる範囲の安定域に身体重心を収めることができる能力」と定義されていることから,総軌跡長が短く外周面積や実行値面積が小さいことが姿勢がより安定した状態と考えることができる。
本研究対象の若年健常者は,すべての条件においてLTを行うことにより重心動揺が減少した。一方,高齢者においてはLTにおいてもNCと同様に身体重心が一時的に中心から外れることがみられた。しかし,総軌跡長や外周面積が低値を示したことから,高齢者においてもLTが有効であることが示唆された。また,健常若年者と健常高齢者のLTの外周面積を比較した結果,健常高齢者が健常若年者と比較して高値を示したことから,健常若年者は健常高齢者と比較して重心動揺の範囲が小さく,健常若年者は健常高齢者よりもLTがより有効であることが明らかとなった。これらの結果は,LTを行うことによって指尖からの感覚フィードバック量が増大し,上肢・体幹の身体各部位と外界との相対的な位置関係を知覚することによって姿勢が調整されたものと考えることができる。

【理学療法学研究としての意義】
65歳以上の不慮の事故による死亡数の約20%(2009)が転倒・転落であり決して少なくない。また,転倒・転落は要介護状態を引き起こす原因としても高い割合を占める。LTは体性感覚入力を増加させ,高齢者の重心動揺を減少させることから,今後より詳細な検証を行うことよって在宅等での転倒・転落予防のより効果的な日常生活環境を提案することができる可能性がある。
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© 2011 日本理学療法士協会
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