理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PF1-053
会議情報

ポスター発表(特別・フレッシュセッション)
転倒危険箇所に対する注意喚起のための掲示の効果
グラウンディッドセオリーアプローチによる質的考察
田仲 陽子前田 祐子疋田 雄紀高村 ますみ梶原 由布永井 宏達上村 一貴森 周平田中 武一山田 実青山 朋樹
著者情報
キーワード: 転倒予防, 高齢者, 質的研究
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
【目的】
要介護の主たる要因の一つである転倒を予防するためには、一般的に運動機能への介入や大規模な改修工事を必要とする環境整備などを実施する場合が多く、改修によらない環境面への視覚的介入・それに伴う高齢者自身の反応等を検討した報告は少ない。高齢者の転倒原因となりうる障害物に対し、視覚的に注意喚起を促すような掲示(notice)を行うことで転倒予防効果があるのであれば、費用対効果も高く有用な予防手段となりうる。本研究の目的は、この予備的実験として、デイサービス利用高齢者を対象に、noticeに対する反応および思考パターンを質的分析によって明らかにすることである。
【方法】
本研究では、noticeの張り付けまでに次の[1]~[4]の検討を行った。
[1]notice対象箇所:研究参加の承諾を得たデイサービス施設(以下:デイ)での過去1年間のインシデントレポートより、事故発生危険箇所-(A)トレーニングマシンAペダルバー、(B)トレーニングマシンB後部付近-を選出した。[2]noticeデザイン案:要支援高齢者20名対象の聞き取り調査および若年者10名による検討から決定した。[3]notice貼付位置:要支援2の80歳男性(歩行自立・認知機能維持・視機能維持を条件に選出)を対象に、視線解析装置装着状態で通常通りの施設内移動を指示し、対象箇所付近で最も視線が停留していた箇所に決定した。[4]noticeの最終決定:2週間後、同一被験者に対し、noticeを貼付した状態で[3]と同様に視線解析を行い、実際にnoticeに視線が停留していることを検証した。同時に対象者本人への聞き取り調査も行いnoticeデザインを改良・決定した(A4・黄色または赤色の背景に図と文字を表記)。
完成したnoticeを貼付した状態を1週間継続し、無作為に抽出したデイを利用する要支援・介護高齢者51名(男性24名女性27名、平均年齢78.3±7歳)を対象にアンケートおよび聞き取り調査を行った。調査内容は、noticeによる障害物への注意喚起効果・感想と、転倒に対する意識・注意感についてであった。アンケート結果より全体の傾向を明らかにし、聞き取り調査によって得たデータをグラウンディッドセオリーアプローチで分析し、高齢者の行動・思考パターンについて考察した。
【説明と同意】
noticeの設置については施設スタッフの同意のもと、対象者に対して研究の内容を紙面上にて説明し、署名にて同意を得た。
【結果】
notice貼付により、対象箇所(A)では貼付以前より注意が増したと回答した者が36名(83.7%)であり、noticeによって危険箇所への注意の増大が得られた。しかし、対象箇所(B)ではnotice貼付によって注意が増したのは23名(48.9%)にとどまり、20名(42.6%)がnoticeに気付かなかったと回答した。そのため、対象箇所(B)に対する意見に対して質的分析を行った所、noticeに気付かなかった群は自分が意識する限られた箇所以外への注意が不十分であった。その背景には既知の環境での「安心感」、「次の行動への意識の早期転換」、転倒しない「過剰な自信」などのカテゴリーが抽出された。この群は標識に無関心であり自分には不要であると感じている者を多く有していた。
【考察】
本研究より、noticeによって障害物への注意喚起を促す可能性は示唆された。しかし一部対象者では自己の特定した視野にのみ注意を向け、標識への注意が低い傾向がみられ、障害物の種類や対象者によって効果が得られにくい場合もあった。
得られた質的データより、noticeの効果の是非は転倒回避に対する自信の有無と周囲環境への安心感に影響され、転倒回避に過剰な自信を持つ高齢者群では、システム化された視野に伴った行動パターンを呈し、noticeが無効となりやすい可能性が示唆された。この自信は転倒に注意しているという意識により更に強化されると推測される。また、視線解析装置ではnoticeへの視線の停留が得られても、質的データでは十分な注意の保続が得られなかったことからも、見ているつもりでも実際には周囲状況を認識出来ていない危険性があることが推察された。
【理学療法学研究としての意義】
理学療法士の重要な役割の一つに、住宅改修等の環境整備が挙げられる。新たな環境整備の視点として、noticeの役割・可能性は大きいと考えられ、身体能力および心理的側面を考慮したnoticeの貼付等は住宅改修と同様に理学療法士の専門性を活かすべき点である。今後、転倒回避に高い自信を有する高齢者の心理状況をより詳細に明らかにし、適切な注意喚起方法と効果的なnoticeの検討を行うことが必要であると考える。
著者関連情報
© 2011 日本理学療法士協会
前の記事 次の記事
feedback
Top