抄録
【はじめに、目的】 スタティックストレッチングの介入効果に関する研究は多く存在するが、それらの研究で用いられているストレッチング強度は、被験者の主観による規定が多く、また多様な表現があり、その強度は研究ごとに異なっている。先行研究では、ストレッチング強度の違いによる、いくつかの指標への効果について散見されるが、ストレッチング強度を定量的に変化させて、静的トルク、最大動的トルク、stiffness、ROMといった評価指標を同時に測定し、比較・検討した報告はない。そこで、本研究は、ストレッチング強度の違いが、各評価指標に与える影響を検証することを目的とした。【方法】 被験者は健常学生18名(男性9名、女性9名、平均年齢20.6±1.2歳)とし、対象筋は右ハムストリングスとした。被験者は股関節および膝関節をそれぞれ約110°屈曲した座位(以下、測定開始肢位)をとり、等速性運動機器(BTE社製PRIMUS RS)を用いて測定を行った。ストレッチング時間は180秒とし、ストレッチング強度は大腿後面に痛みの出る直前の膝関節伸展角度を100%とし、80、100、120%の3種類(以下、80%群、100%群、120%群)とした。評価指標は、静的トルク、最大動的トルク、stiffness、ROMの4種類とした。各強度におけるストレッチング中の静的トルクは、ストレッチング開始時と終了時のトルクを比較した。最大動的トルク、stiffnessは測定開始肢位から大腿後面に痛みの出る直前の膝関節伸展角度まで5°/秒の角速度で他動的に伸展させた時のトルク-角度曲線より求めた。最大動的トルクはトルクの最大値とし、stiffnessは、ストレッチング前の膝関節最大伸展角度からその50%の角度までの範囲で回帰直線を算出し、その傾きと定義した。ROMは膝関節最大伸展角度とした。実験はまず最大動的トルク、stiffness、ROMを測定し、60分の休憩後、各強度のストレッチングを行い、同時に静的トルクを測定した。ストレッチング後は、再びストレッチング前と同じ手順で最大動的トルク、stiffness、ROMを求め、ストレッチング前後の値を比較した。被験者は異なるストレッチング強度を用いた全ての実験を24時間以上の間隔を設け行った。【倫理的配慮、説明と同意】 本実験は名古屋大学医学部生命倫理審査委員会(承認番号:11-511)および日本福祉大学「人を対象とする研究」に関する倫理審査委員会(承認番号:11-07)の承認を得て行った。実験を行う前に、被験者に実験内容について文書及び口頭で説明し、同意が得られた場合にのみ研究を行った。尚、被験者がストレッチング中に苦痛を訴え、実験の中止を希望した場合は、速やかに実験を中止した。 【結果】 静的トルクは全ての群において、ストレッチング後に有意に低下した。最大動的トルクは80%群で変化せず、100、120%群においてストレッチング後に有意に増加した。stiffnessは、80%群で変化せず、100、120%群においてストレッチング後に有意に低下した。ストレッチング後のstiffnessは80%群と120%群との群間に有意差が認められた。ROMは80%群で変化せず、100、120%群においてストレッチング後に有意に増加した。ストレッチング後のROMは80%群と100%群および120%群との群間に有意差が認められた。【考察】 静的トルクが全ての群で低下したことから、80%以上の強度においても、筋が伸張され、Ib抑制が関与したと推察する。最大動的トルクは先行研究より、痛み閾値に関連するstretching toleranceを反映すると報告されている。最大動的トルクが100%以上の群で増加した結果から、100%以上の強度では、痛み閾値の上昇とともにstretching toleranceが増加したと推察する。stiffnessは先行研究より、筋腱複合体の粘弾性を反映すると報告されている。stiffnessは100%群で低下し、120%群では100%群と比較してさらに低下した結果から、100%以上の強度で筋腱複合体の粘弾性などの力学的特性が変化し、強度が増すにつれ変化が大きくなると推察する。これらの結果より、ROMが100%以上の強度で増加した要因は、最大動的トルクの増加によるstretching toleranceの増加、およびstiffnessの低下による筋腱複合体の力学的特性の変化が関与すると考える。【理学療法学研究としての意義】 一般的にストレッチングを行う際の強度は、痛みが起こらない点がよいとされる。しかし、筋腱複合体の力学的特性を変化させるためには、軽度または中等度の痛みを感じる点でのストレッチングが有効であることが示された。ストレッチング強度の違いによる効果が明らかになったことで、目的に沿った、より有効なストレッチングを施行する一助となるのではないかと考える。