抄録
【はじめに、目的】 理学療法士はしばしば対象者に,運動学習をより効果的に獲得してもらう言語教示を与えフィードバックを付加する.この教示に関して,課題練習前にその規則について教える意図的学習条件(1)と,教えない偶発的学習(2)がこれまで比較されている.また意図的学習の中でも課題の規則について答えそのものを教える教示(1A)と,ヒントを教える教示(1B)でその効果が比較されている.さらに偶発的学習の中でも規則について主体的に気づいた場合(2A)と,気づかない場合(2B)で効果を比較した研究も存在する(Clara M,2011).しかし,これらの条件(1A~2B)のすべて包含し,どの条件が運動学習をより促進させるかは明らかでない.そこで本研究は,系列反応時間課題(SRT課題)を用いて運動学習の転移に着眼し,上記の条件による効果を検証することを目的とした.【方法】 対象は健常者29名(男性10名,女性19名,平均年齢24.2±2.4歳)を無作為に上記(1A)の意図的答え群(n=8),(1B)の意図的ヒント群(n=7),(2)の偶発的学習群(n=14)に分けた.意図的答え群では,キーボードボタン(以下ボタン)を押す順番に規則があり,どのような順番で視覚刺激が呈示されるか答えを教えた.(1B)の意図ヒント群では,規則があることのみ教示した.偶発学習条件は全課題終了の際に規則があったかを聴取し,(2A)規則に気づいた者を偶発的気づきあり群(n=7),(2B)気づかなかった者を偶発的気づきなし群(n=7)とした.SRT課題は,ソフトウェアERDviwer(島津製作所社製)を用いて作成し、ハードウェアは15インチノートパソコン(HP社製)を使用した.被験者には椅座位で,SRT課題の視覚刺激は「OXXX」「XOXX」「XXOX」「XXXO」の4つのうち1つが呈示され,全群に「O」に対応したボタンを指で素早く正確に押すように指示した.測定項目は,視覚刺激に対応したボタンを正確に押せているか(正解率)と,素早く押せているか(反応時間)をブロックごとに求め,その平均値を算出した.課題は2日間連続で行い,1日目は習得課題とし14ブロック実施した.2日目は保持課題とし1日目と同じ課題3ブロック実施し,続いて転移課題とし1日目とは異なる規則を含んだ課題3ブロック実施した. 1日目最後の3ブロックと,2日目の保持課題3ブロックおよび転移課題3ブロックの値を比較検討した.統計処理には1A~2Bの4群間,習得-保持-転移課題間,規則性の有無間についての三元配置分散分析および多重比較検定(Bonferroni法)を用いた.統計学的有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はおおくまリハビリテーション病院倫理委員会の承認を受け実施した.事前に全ての参加者に対して本研究について説明し同意を得た.【結果】 反応時間においては,群間,課題間,規則間において交互作用が認められた(p<0.01).規則系列では,どの群でも習得-転移間(p<0.05)および保持-転移間(p<0.01)に有意差が認められたが,習得-保持間には認められなかった.習得-転移間,保持-転移間において意図的答え群,偶発的気づきなし群では反応時間が大きく増加した.一方で,意図ヒント群,偶発気づきあり群ではそれらの反応時間の増加は少なかった.正解率においては群間,課題間,規則間において交互作用が認められなかった.【考察】 4群を比較すると,習得-転移間,保持-転移間では反応時間が異なっていた.すなわち,意図ヒント群,偶発気づきあり群では,それらの課題間で反応時間の増加が少なかったため,運動学習の転移が生じたことが明らかになった.運動学習における意図的学習条件の意識的な理解は,課題が変わったことによるスキルの切り替えを加速するとの報告がある(Imamizu H,2007).本研究では,意図的ヒント群に加えて偶発的気づきあり群においてもその効果を認めたことから,課題が変わったことによるスキルの切り替えは,意識的な理解のみでなく,自ら規則性に主体的かつ偶発的に気づく必要があると考えられた.一方,教示の影響が学習保持において差はなかったことが報告されている(Shea CH,2001).本研究でも習得や保持では群間に差を認めなかったことから,先行研究を支持する結果となった.しかし,規則に関する教示が学習を促進する場合(Clara M,2011)と抑制する場合(Mazzoni P,2006)と散見されるため,課題の難易度,課題の様式を変えてさらに教示が学習の保持に与える影響を明確化する必要がある.【理学療法学研究としての意義】 学術的研究において,学習課題前の教示の効果について未解明な部分がある.今回の結果から対象者自らが運動の規則性に気づくことで,運動学習の転移が起こることが判明した.日常生活の幅広い面で運動学習の転移が要求されるが,本研究は理学療法における効率的な運動学習を検討する上での基礎的情報を提供するに値すると考える.