理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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一般演題 口述
トレッドミル歩行による低負荷の全身運動が侵害受容器の感受性,筋内血中酸素動態および脳活動に及ぼす影響
大澤 武嗣溝口 なお冨澤 孝太市川 歩下 和弘城 由起子松原 貴子
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p. Aa0171

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抄録
【はじめに、目的】 近年,歩行のような低負荷の全身運動は,慢性痛患者のADL改善や社会復帰など活動性を増加させるとともに疼痛症状を緩解することが示されるようになり,慢性痛患者に対する集学的リハビリテーションプログラムとして推奨されている。しかし,低負荷の全身運動が,末梢の侵害受容器の感受性や血液循環動態などに及ぼす影響を生理学的に検討した報告はほとんどない。一方,有酸素運動が前頭前野のワーキングメモリーなどの機能を高め,また,前頭前野の活性化が下行性疼痛抑制系を賦活することが示唆されているが,低負荷の全身運動が前頭前野の活動増加を介する疼痛抑制系に及ぼす影響については明らかでない。そこで本研究では,トレッドミルを用いた歩行による低負荷の全身運動を実施し,機械的・熱痛覚閾値,血液循環動態ならびに脳波を測定し,末梢性および中枢性の疼痛抑制効果について検討した。【方法】 対象は,健常若年男性18名(平均年齢20.8±1.2歳,身長170.4±6.5 cm,体重64.2±10.0 kg)とした。低負荷の全身運動は,トレッドミル(Aeromill,日本光電社)を用い,歩行速度4.0km/h(3 METs)で20分間実施し,運動前後15分間を安静座位とした。測定項目は,左右の僧帽筋上部線維の圧痛閾値(pressure pain threshold: PPT)と熱痛覚閾値(heat pain threshold: HPT),血液循環動態,前頭前野近傍の脳波とした。PPTはデジタルプッシュプルゲージ(RX-20,AIKOH社)を,HPTは温冷型痛覚計(UDH-300,ユニークメディカル社)を用いて,運動前,直後,15分後に各刺激による限界値を測定した。血液循環動態は,近赤外線分光装置(NIRO-200,浜松ホトニクス社)を用いて,酸素化ヘモグロビン濃度(O2Hb)と総ヘモグロビン濃度(cHb)変化を実験中経時的に測定し,運動前,中,15分後の5分間の平均値を算出した。脳波は,簡易脳波測定装置(Mindset,Neuro Sky社)を用いて実験中経時的に記録し,周波数解析によりリラックス・集中の指標となるα波(7.5~11.75 Hz)を算出し,運動前,中,15分後の10秒間の平均値を測定値とした。PPT,HPT,O2Hb,cHbの経時的変化の検討には一元配置分散分析法およびTukey法を,α波の経時的変化の検討にはFriedman testおよびTukey-typeを用い,有意水準を5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は全対象者に対して研究内容,安全対策,個人情報保護対策,研究への同意と撤回について十分に説明し,同意を得たうえで行った。実験に際しては,安全対策を徹底し,実験データを含めた個人情報保護に努めた。【結果】 PPT,HPTともに運動前と比較し運動直後,15分後に有意に上昇し,O2HbとcHbは運動中,15分後に有意に増加した。α波は運動前と比べ運動10分後,20分後に有意に増加した。【考察】 トレッドミル歩行により末梢局所の機械的・熱侵害受容器の感受性が低下するとともに,骨格筋の酸素供給量,血流量が増大したことから,低負荷全身運動が広汎性の疼痛抑制効果とともに血液循環動態の増進をもたらすことが明らかとなった。さらに,全身運動によりα波が増加し,疼痛抑制効果が運動後にも持続したことから,低負荷の全身運動により前頭前野の活性化を介して下行性疼痛抑制系を賦活した可能性が示唆される。また,前頭前野は運動そのものによる影響以外に,行為に対しての正の報酬予測によっても活性化されることが報告されており,今回の運動による疼痛抑制効果に正の報酬予測が関与した可能性も考えられる。以上のことから,歩行による低負荷の全身運動は,下行性疼痛抑制系を含めた中枢性の疼痛抑制機序を介して侵害受容器の感受性低下を誘起し,中枢性および末梢性の疼痛抑制効果をもたらす可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 歩行は低負荷の全身運動であり,ADLに直結していることから,臨床においても用いられやすい運動療法のひとつである。本研究は,歩行による末梢性ならびに中枢性の疼痛抑制機序を生理学的に検討し,新たな知見を示した点で非常に意義深い。
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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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