抄録
【目的】 物理的に同じ痛み刺激であっても感じる・訴える痛みの強さは個人によって異なることが知られている.臨床上,主観的痛みの違いによって,外科的手術後や腰痛症などで感じる・訴える痛みの強度が異なるため,どの理学療法プログラムを行なっていくかの判断が困難となる.これまでに,痛みを強く感じる群と感じない群での脳活動の違いが報告されており,前頭前野もその一つに挙げられている.前頭前野と痛みの関係については,社会的疎外課題時に活性化しその時に感じる社会的痛みを軽減させること(社会機能)や前頭前野外側部が注意課題時に活性化し痛みを軽減させること(認知機能)が報告されている.このように前頭前野は多面にわたり痛みに関与しているが,主観的痛みの違いと前頭前野の社会機能,認知機能との関連性は明かではない.本研究の目的は身体的痛み刺激時の主観的痛みが社会的疎外課題による感じる社会的痛み及び注意課題時のパフォーマンス,さらに,各課題時の前頭前野の脳血流量と関係があるか検討することである.【方法】 対象は健常女性21名(平均年齢21.2±0.6歳)とした.身体的痛み刺激,社会的疎外課題,注意課題を各3回ずつ行い平均した値を採用した.身体的痛み刺激は温・冷型痛覚計を用いて,49℃の熱刺激をプローブにて左前腕に30秒間行った.身体的痛み刺激終了後に痛みの程度をvisual analog scale(VAS)にて評価した.社会的疎外課題についてはWilliamsらの方法を参考にCyber-ball課題にて80秒間行なった.Cyber-ball課題後に社会的ストレスに関する質問紙に回答させた.注意課題については2-back課題を用いて行なった.2-back課題は計30問を60秒間で行い,30秒経過後に痛み刺激を身体的痛み刺激課題時と同様な手順で加えた.痛み刺激前30秒間(Pain -)と痛み刺激中30秒間(Pain +)の課題の正答率をそれぞれ求めた. 脳血流酸素動態は近赤外光イメージング装置(fNIRS,島津製作所製,OMM-3000)を用いて各課題時にそれぞれ測定した.測定部位は前頭前野とし,国際10-20法を参考にファイバフォルダを装着した.各プローブの位置の解剖学的な位置の推定はOkamotoらの方法を参考に,前頭前野背外側部,前頭前野腹外側部の位置を推定した.測定開始前は安静とし,酸素動態が安定した後に測定を開始した.解析対象は酸素化ヘモグロビン(oxyHb)とし,脳活動の活性化の指標として安静時の脳血流量の平均値から課題時の脳血流量の平均値を減じ,その得られた値を安静時の標準偏差で除すことで各chごとのeffect sizeを求めた.統計処理はPearsonの相関係数及び身体的痛みを目的変数,その他の変数を説明変数としたStepwise重回帰分析を行った.なお,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は甲南女子大学倫理委員会の承認を得て実施した.事前に研究目的と方法を十分に説明し,同意が得られた者のみを対象とした.【結果】 痛み刺激時のVASは平均60.8±17.9(26~92)であった.身体的痛みは社会的痛みと正の相関関係(r=0.45)が認められた.また,身体的痛みと社会的疎外課題の左前頭前野背外側部の脳血流量に負の相関関係(ch5:r=-0.43)が認められた.さらに,身体的痛みと注意課題時(Pain -,+)の右前頭前野腹外側部の脳血流量と負の相関関係(Pain -,ch7:r=-0.58,ch14:r=-0.50)(Pain +,ch7:r=-0.59,ch14:r=-0.44)がそれぞれ認められた.一方で,身体的痛みと身体的痛み刺激時の前頭前野の脳血流量との相関関係は認めなかった.重回帰分析の結果,身体的痛みに影響を与える因子として注意課題時(Pain+)における右前頭前野腹外側部の脳血流量のみが抽出され,標準化重回帰係数βは-0.59であった(ch7:R*2=0.31).【考察】 本研究結果から,主観的痛みが強い人の特性として,社会的疎外感を感じやすく,社会的疎外時や注意課題時に前頭前野を活性化できない人であることが示唆された.さらに,重回帰分析の結果から,主観的痛みは前頭前野の社会機能よりも認知機能により関連していることが明らかになった. 【理学療法学研究としての意義】 身体的痛み刺激時の主観的痛みと前頭前野の社会機能や認知機能に相関関係が認められることを明らかにしたことで,今後,主観的痛みを軽減させる手法,つまり,何らかの侵害刺激に対して感じる・訴える痛みを軽減させる手法として,前頭前野の社会機能,認知機能を高める理学療法が有効である可能性を示唆した点.