抄録
【はじめに、目的】 従来,理学療法分野において振動刺激は筋スパズムの軽減や末梢血液循環の改善などを目的に利用されてきた物理的刺激の一種である。また,振動刺激を用いてリラクセーション効果や鎮痛効果を謳ったマッサージ機器が一般に市販されている。しかし,これらの振動刺激による疼痛抑制効果ならびに振動周波数など刺激様式による効果の違いについては,ほとんど検証されていない。一方,東洋医学では,経穴への鍼や指圧などの物理的刺激が広汎性に鎮痛効果をもたらすことが古くから知られており,その疼痛抑制機序に内因性オピオイド系(Mayer DJ, 1977),下行性疼痛抑制系(Haung C, 2004; Kim JH, 2004),ストレス鎮痛(Bossut DF, 1991)などが関与することが示唆されている。しかし,経穴への振動刺激による鎮痛効果については未だ調べられていない。そこで本研究では,経穴への異なる周波数の振動刺激が痛覚閾値に及ぼす影響を検討した。【方法】 対象は健常成人46 名(男性26名,女性20名,平均年齢20.0±1.1歳)とし,室温25±1℃に設定された実験室内でベッド上背臥位とした。振動刺激は,対象の右前腕にある経穴手三里(肘関節外側の3横指下方に位置し,頚肩腕症状の特効穴)に,低周波数振動器(HM-162,オムロン)を用いて周波数8.5 Hz,振幅5 mmの低周波数振動刺激(低周波数群),または高周波数振動器(YCM-721,山善)を用いて周波数114.8 Hz,振幅2 mmの高周波数振動刺激(高周波数群)を10分間与え,sham群は振動端子を当てるのみとし,刺激前後10分間を安静とした。圧痛閾値(P-VAS)は,刺激前,中,直後,10 分後に,プッシュプルゲージ(RX-20,AIKOH)を用いて,事前に調べた各個人の最大耐力の80%強度で両側手三里に加圧した時の疼痛強度を視覚的アナログスケール(VAS)で測定した。なお,統計学的解析は,各群の経時的変化についてFriedman testおよびTukey typeを用いた多重比較検定を,P-VASの群間比較についてKruskal-Wallis testおよび Dunn’s testを用いた多重比較検定を行い,有意水準を5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は全対象に対して研究内容,安全対策,個人情報保護対策,研究への同意と撤回について十分に説明し,同意を得た上で行なった。実験は安全対策の履行ならびに個人情報の保護に努めて行った。【結果】 低周波数群,高周波数群ともに,刺激側P-VASは刺激直後に有意に低下した。両振動刺激群の刺激対側及びsham群ではP-VASの変化は認められなかった。また,P-VASの各群間比較においても有意な差は認められなかった。【考察】 今回の振動刺激では刺激側にのみ疼痛抑制効果を認められた。振動刺激は振動受容器へ入力され,刺激部近傍の機械的侵害受容器の脱感作,圧痛閾値の低下を惹起したことから,振動刺激による異なる受容器を介した疼痛抑制機序には中枢神経系の関与が示唆される。しかしながら,従来,東洋医学においては,経穴への物理的刺激が中枢神経系の鎮痛機序を介して広汎性に疼痛を抑制するといわれている一方で,今回の振動刺激による鎮痛は局所的な効果にとどまったため,従来の東洋医学的な物理的刺激とは異なる振動性の鎮痛機序を介する可能性が示唆された。また,今回の8.5 Hzと114.8 Hzの両周波数の振動刺激では,同様の疼痛抑制効果が刺激を開始し10分経過後に認められた。従来,振動周波数0~40 Hzは遅順応型受容器のMerkel触盤で受容する一方,200~250 Hzは速順応型受容器のPacini小体の受容周波数帯とされており,その間の周波数帯については明らかでない。しかしながら,本研究で用いた振動の両周波数ともに遅順応性に同等の効果を示したことから,0~115 Hzの振動周波数もMerkel触盤の受容周波数帯に含まれる可能性が考えられる。以上のことから,振動刺激は中枢性鎮痛機序を介して疼痛を抑制し,刺激周波数や刺激部位によって疼痛抑制効果に違いがあることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 鎮痛効果を十分に検証されないまま鎮痛を目的として使用されてきた振動刺激の生理学的な疼痛抑制機序を検証し,振動の有効周波数および振動受容器特性を明らかにできたことは非常に独創的な研究成果である。さらに近年その鎮痛効果が高く評価されている経穴に対して振動刺激により疼痛抑制効果が得られたことから,理学療法の臨床,学術研究において振動刺激が幅広く応用できうることを示した点で本研究は非常に意義深い。