抄録
【目的】 ADL能力と摂食嚥下機能の関連性について臨床場面で簡便に使用できる指標はあまり多くない.そこで,荻島の摂食嚥下重症度を簡略化して3段階にした摂食嚥下レベルを用いて,座位能力,摂食嚥下機能,尿失禁の有無につき分析,検討した.【方法】 対象は,2010~2011年に,当院入院中に理学療法を実施した患者88名(男性39名,女性49名,平均年齢81.7歳,運動器疾患67名,脳血管疾患21名,平均在院日数61.3日)である.座位能力,摂食嚥下機能は理学療法終了時に実施した評価から,尿失禁の有無は入院期間中のナース記録から抽出した.座位能力はHoffer座位能力分類(JSSC版 座位能力分類と略す)で評価した.摂食嚥下機能については,荻島の摂食嚥下重症度IV段階を3群に簡略化した摂食嚥下レベルを使用した.レベルの1~3群の分類は以下の通りである.1群:I重症 経口摂取なし(G1~G3),2群;:II中等症 経口摂取と代替栄養(G4~G6),3群:III軽症 経口摂取のみとIV正常(G7~G10 ).摂食嚥下機能評価の参考値として,荻島の10段階の摂食嚥下機能グレードも実施した.分析方法として,座位能力分類と摂食嚥下機能については,Kruskal-Wallis検定およびSteel-Dwassの多重比較を用いて検討した. 座位能力分類と尿失禁の有無については,尿失禁の有無により2群に分けて座位能力分類の差をMann-WhitneyのU検定およびクロス集計表により分析した.また,同様の方法で摂食嚥下レベルと尿失禁の有無について分析した.すべての有意水準は5%未満とした.【説明と同意】 本研究は当院倫理委員会で承認を得たのち,対象者に本研究の趣旨を説明し,同意を得て各データの個人識別ができないように実施した.【結果】 座位能力分類と摂食嚥下レベルを分析した結果,分類1と対応する分類2(p<0.05)および分類3(p<0.01)では摂食嚥下レベルが有意に低く,分類2と3の間には有意な差は認められなかった.座位能力分類と10段階の摂食嚥下グレードを分析した結果,分類1と対応する分類2(p<0.01)および分類3(p<0.01)では摂食嚥下グレードが有意に低く,また分類2と3の間には有意な差は認められず,簡略化した3群の摂食嚥下レベルと同様の結果を得た. 尿失禁の有無により2群に分けて座位能力分類の差を分析した結果,尿失禁(有)の群は尿失禁(無)の群より有意に座位能力が低いレベルであった(p<0.01).クロス集計表では,尿失禁(無)の群では座位能力分類2,3の症例数は0であった.尿失禁の有無により2群に分けて摂食嚥下レベルの差を分析した結果,尿失禁(有)の群は尿失禁(無)の群より有意に摂食嚥下レベルが低くかった(p<0.01).クロス集計表では,尿失禁(無)の群では摂食嚥下レベル1,2の症例数は0であった.【考察】 座位能力分類と摂食嚥下レベルについては,座位能力が高ければ経口摂取が可能であり,座位能力が低いか座位保持ができない場合は摂食嚥下機能に問題を生じることが判明した.簡略化した摂食嚥下レベル3群および10段階の摂食嚥下グレードは,座位能力分類との関係がほぼ同様であり,座位と摂食嚥下機能の関係について,簡略化した摂食嚥下レベル3群と座位能力分類3段階を臨床上簡便な評価基準として活用できると考えている.座位能力分類と尿失禁の有無では,座位能力が低ければ尿失禁が有ることがわかった.小林らによると,尿失禁群と非尿失禁群ではADLの予後予測因子に妥当性を持つとされ,座位を含む基本動作能力が高ければ尿失禁が少ないと考えられる.尿失禁と摂食嚥下レベルについては,骨盤底筋を含む頸部体幹機能,覚醒レベル,精神面,認知面などの影響が推察され,座位能力が不良の場合尿失禁がみられ,摂食嚥下レベルが低いことがわかった.座位能力分類2,3では,簡略化した摂食嚥下レベル1,および2,尿失禁(有)が多く,分類1では,簡略化した摂食嚥下レベル3,尿失禁(無)が多くみられた.座位能力分類3段階に対して,簡略化した摂食嚥下レベル3群,尿失禁の有無に有意な関係が認められ,座位能力を高めることが重要であることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 摂食嚥下機能および尿失禁有無は座位能力との関係が深く,座位能力を高めることがこれらの改善に重要であることが確認された.また,Hoffer座位能力分類(JSSC版)と本研究で用いた摂食嚥下レベルは,臨床場面の中で,座位能力,摂食嚥下機能,尿失禁のそれぞれの関係について,簡便な指標として活用できると考えている.