抄録
【はじめに、目的】 ステロイド剤を用いた治療は多くの疾患に行われるが、多様な副作用が問題となる。中でも、運動器の副作用であるステロイド筋症の発症は速筋線維優位の筋萎縮が生じ、その予防対策は理学療法における重要な課題である。先行研究では運動負荷による予防効果が報告されているが、臨床では原疾患そのものの特異的な病態や二次的な廃用症候群のために積極的な運動負荷が実施できないことが多く、運動負荷に変わる新たな方法の開発が求められている。そこで、我々は廃用性筋萎縮に対する治療効果が証明された温熱刺激に着目し、これまでのラットの実験モデルを用いた検索において、温熱刺激の曝露によってステロイド性筋萎縮の進行が抑制されること、また、そのメカニズムの一つにHeat shock protein(Hsp)72の発現が関与していることを明らかにしてきた。しかし、最近になってステロイド性筋萎縮を呈した骨格筋では、成長因子の一つであるInsulin-like growth factors(IGF)-1が減少するとともに、血管新生因子であるendothelial nitric oxide synthase(eNOS)が減少し、その結果として骨格筋内の毛細血管が減少する可能性があることが報告された。つまり、温熱刺激によるステロイド性筋萎縮の進行抑制効果のメカニズムにはHsp72の発現に加え、上記の要因に対する影響も十分に考えられる。そこで本研究では、骨格筋内のIGF-1含有量や毛細血管数を検索に追加し、これまでの結果と併せて、温熱刺激によるステロイド性筋萎縮の進行抑制効果のメカニズムを検討した。【方法】 実験動物には8週齢のWistar系雄性ラット32匹を用い、ランダムに生理食塩水を投与するControl群(C群、n=10)、ステロイド剤を投与するSteroid群(S群、n=10)、ステロイド剤投与と温熱刺激の曝露を行うSteroid & Heat群(SH群、n=12)に振り分け、実験期間は2週間とした。ステロイド剤には生理食塩水で希釈したリン酸デキサメタゾンナトリウムを用い、体重1kgあたり2mgの容量を週6回の頻度で傍脊柱に皮下注射し、C群に対しては同様に生理食塩水を皮下注射した。また、SH群に対する温熱刺激は42℃に設定した温水浴内に後肢を60分間浸漬する方法で行い、その頻度は3日に1回とした。各群の実験期間終了後は速筋線維主体の長指伸筋を採取し、試料は組織学・組織化学的検索および生化学的検索に供した。具体的には、前者の検索としてH&E染色による病理観察、ATPase染色により筋線維タイプの分別ならびにそれらの筋線維直径の計測(1筋あたり200本以上)、アルカリフォスファターゼ染色による毛細血管の可視化とその定量(筋線維1本あたりの毛細血管数の算出)を行い、後者の検索としてWestern blot法によるHsp72含有量の定量、ELISA法によるIGF-1含有量の定量を行った。統計処理には一元配置分散分析とその事後検定にBonferroni法を用い、危険率5%未満をもって有意差を判定した。【倫理的配慮、説明と同意】 本実験は長崎大学動物実験委員会で承認を受けた後,同委員会が定める動物実験指針に準じて実施した。【結果】 壊死線維や再生線維などの病理所見はすべての群で認められなかった。そして、タイプI・IIa線維の平均筋線維直径はC群とSH群に有意差は認められず、S群はこの2群より有意に低値を示した。また、タイプIIb線維の平均筋線維直径はC群に比べS群とSH群は有意に低値を示したが、SH群はS群より有意に高値を示した。同様に、筋線維一本当たりの毛細血管数もC群に比べS群とSH群は有意に低値を示したが、SH群はS群より有意に高値を示した。次に、Hsp72含有量はC群とS群に有意差は認められず、SH群はこの2群より有意に高値を示した。また、IGF-1含有量はC群に比べS群とSH群は有意に低値を示し、この2群間にも有意差は認められなかった。【考察】 今回のS群には、筋線維萎縮が発生するのみならず、IGF-1含有量や毛細血管数の減少が認められ、これらの変化は先行研究で報告されたステロイド性筋萎縮の病態を表しており、モデル作製は妥当であったと考えられる。一方、温熱刺激を曝露したSH群では筋線維萎縮の進行が抑制され、併せてHsp72の増加と毛細血管数の減少の抑制を認めたが、IGF-1含有量には変化はみられなかった。したがって、温熱刺激によるステロイド性筋萎縮の進行抑制効果のメカニズムには、IGF-1の動態は影響しておらず、Hsp72や血管系の変化が強く関与していると推察される。【理学療法学研究としての意義】 以前より温熱刺激がステロイド性筋萎縮の予防に効果があり、新たな治療方法になり得ることを報告してきたが、本研究を通じてそのメカニズムの一端が明らかになり、エビデンスに基づいた新たな治療方法の開発のためには本研究は不可欠であり、意義深いと考える。