抄録
【はじめに、目的】 廃用によって生じる退行性変化の一つに骨格筋における毛細血管密度の減少がある.この廃用による骨格筋の退行性変化に対しては多角的な予防法が検討されている.本研究では,核酸と塩基性タンパク質(特にアルギニン)を多く含むヌクレオプロテイン(NP)に着目し,廃用性筋萎縮に伴う毛細血管の退行性変化に対する予防効果を検討した.NPの主成分の一つであるアルギニンは一酸化窒素合成酵素(NOS)の基質となり,血管拡張因子である一酸化窒素(NO)の生成に関与している.アルギニンを摂取して運動を実施すると,骨格筋における毛細血管密度が増加したと報告されている.本研究では,不活動期間中にNPを摂取すると廃用性筋萎縮に伴う毛細血管の退行性変化を予防できるとの仮説を立て,NPの摂取が萎縮筋の毛細血管へ及ぼす効果を検証した.【方法】 8週齢の雄性SDラット21匹をコントロール群(CO;n=7),後肢非荷重群(HU;n=7),後肢非荷重期間中にNPを摂取する群(HN;n=7)の3群に分けた.HN群には,1日当たり150mg/kgのNPを2回に分けて,2週間の実験期間中に毎日経口投与した.2週間の実験期間終了後,ペントバルビタールによる麻酔下でヒラメ筋を摘出し,ドライアイスで冷却したアセトン中で急速凍結した.得られた筋試料から10μm厚の横断切片を作製し,アルカリホスファターゼ染色,コハク酸脱水素酵素(SDH)染色,ミオシンATPase染色(pH4.3)を施した.光学顕微鏡で観察した組織所見を撮影し,画像解析ソフト(NIH-Image J Ver1.62)を用いて毛細血管/筋線維比,筋線維あたりのSDH活性,筋線維横断面積,筋線維タイプ構成比率を測定した.得られた結果は一元配置分散分析とTukey-Kramerの多重比較検定を行い,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 全ての実験は所属施設における動物実験に関する指針に従い,動物実験委員会の許可を得た上で実施した.【結果】 毛細血管/筋線維比において,HU群はCO群と比較して有意に低値を示したが,HN群はHU群に比べて有意に高値を示した.HN群のタイプI線維のSDH活性は,CO群やHU群に比較して増加した.タイプIIA線維のSDH活性では,HU群はCO群に比べて有意に低値を示したが,HN群はHU群に比べて有意に高値を示し,CO群との間に有意差を認めなかった.HU群とHN群の体重,筋湿重量,筋線維横断面積はCO群と比較して有意に低値を示し,HU群とHN群の間には有意差を認めなかった.また,筋線維タイプの構成比率では,タイプIIA線維の占める割合がHU群とHN群ともにCO群に比べて有意に増加した. 【考察】 2週間の非荷重によって生じる骨格筋内の毛細血管密度の低下は,NPの摂取によって軽減できた. NP投与はタイプI線維とタイプIIA線維のSDH活性の低下を予防した.通常飼育下での動物を対象としたSuzukiの報告では,運動にアルギニン投与を組み合わせた場合,運動のみを実施するよりもヒラメ筋ではNOSの発現量と毛細血管/筋線維比が有意に増加している.NPにもアルギニンが多く含まれているため,NOSの発現を背景とした毛細血管における退行性変化の予防効果が予想される.一方,筋湿重量,筋線維横断面積,筋線維タイプ構成比率の結果から,筋萎縮や速筋化に対するNPによる予防効果は認めなかった.これらのことから,NPは毛細血管や酸化系酵素に特異的な効果を示し,廃用性筋萎縮が惹起されるような環境下で毛細血管の退行性変化と代謝の抑制を予防できることが明らかとなった.【理学療法学研究としての意義】 廃用性筋萎縮に伴う骨格筋における毛細血管密度の減少や,筋線維におけるSDH活性の低下のような退行性変化を予防することは,骨格筋への酸素供給や筋線維によるATP生合成にも影響を及ぼすことが予想され,早期回復の観点から意義があると考える.