抄録
【はじめに、目的】 近年、脳損傷後の有効なリハビリテーション方策として、CI療法に代表される麻痺側上肢に対する集中的・強制的トレーニングが挙げられる。こうした麻痺肢強制使用法による損傷脳への影響として、局所的な感覚入力の増加に伴う神経興奮性の変化が想定されている。しかし、実際に麻痺肢強制使用により神経興奮性に関与する因子が変化しているかは不明である。本研究では実験動物を用い、脳損傷後の麻痺側前肢の強制使用によるグルタミン酸受容体発現への影響および運動機能回復との関連性を検討した。【方法】 実験動物にはWistar 系雄性ラット(250-300 g)を用いた。実験群として (1) 健常群、(2) 出血群、(3) 早期-強制使用群、(4) 後期-強制使用群を設定した。脳出血手術として、利き手と対側の内包に collagenase (type-IV, 15 units/ml, 1.4 ul, Sigma) を注入し小出血を生じさせた。出血 1日後(早期-強制使用群)および17日後(後期-強制使用群)より、ラットの非麻痺側前肢をギプス包帯にて拘束し、麻痺側前肢のみを使用させる状態においた。この状態で1週間通常飼育を行った。出血後 8 日目および24日目において非麻痺側前肢の拘束を解除し、出血後10-12日目および26-28日目において前肢のリーチ機能およびはしご上でのステップ機能を評価した。その後出血後 30 日目に脳を摘出し、H-E染色にて脳傷害体積を計測した。また、強制使用終了直後に両側の感覚運動野前肢領域を採取し、real-time PCR解析を実施した。解析因子として、NMDA型およびAMPA型受容体サブユニット (NR1, NR2A, NR2BおよびGluR1, GluR2) の発現を解析した。加えて、これらの受容体とFLUの効果との関連性を検討するため、強制使用実施中にNMDAおよびAMPA型受容体の非競合型阻害剤であるMK-801 (1 mg/Kg, i.p.) およびCFM-2 (30 uM/Kg, i.p.) を1日1回、7日間投与し、その後の運動機能回復への影響を解析した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究における全処置は名古屋大学動物実験指針に従って実施した。【結果】 麻痺側強制使用により、リーチ機能、ステップ機能とも、早期-強制使用群が出血群および後期-強制使用群に比して有意に改善を示した。これらの機能の改善は出血後 26-28 日目においても持続していた。対照的に、後期-強制使用群では有意な機能改善は認められなかった。なお脳傷害体積に関しては群間で差を認めなかった。また、Real-time PCR解析の結果、傷害側感覚運動野において、早期-強制使用群が出血群に比べ、有意に高いNMDA型受容体サブユニットの発現を示した。後期-強制使用群に関しては出血群との間に差異を認めなかった。AMPA型受容体サブユニットの発現量に関しては群間で差異を認めなかった。加えて、強制使用中にMK-801を持続的に投与したところ、早期-強制使用群における運動機能の改善効果が認められなくなった。一方、CFM-2の投与では運動機能改善の阻害は認められなかった。【考察】 内包出血後早期の麻痺側前肢の強制使用により、麻痺肢の運動機能回復が促進され、出血側の感覚運動野においてNMDA受容体サブユニットの発現増加が認められた。この結果は、麻痺肢強制使用が特に出血側の感覚運動野における神経興奮性を変化させることを示唆するものと考えられる。加えて、NMDA拮抗薬の投与により、麻痺肢強制使用による運動機能改善効果が阻害された。このことから、NMDA受容体を介した一連のシグナルが麻痺肢強制使用による機能回復の作用機序の一つであることを示唆する結果と考えられる。また、出血後後期から麻痺肢強制使用をさせた群ではこれらの変化は生じず、機能回復もみられなかった。このことから、麻痺肢強制使用の効果は、脳損傷後の急性的なイベントに影響される可能性が考えられる。【理学療法学研究としての意義】 麻痺肢強制使用により損傷脳におけるグルタミン酸受容体発現が変化することを分子生物学的に示した。加えて麻痺肢強制使用による運動機能回復効果とNMDA受容体との関連性を示し、作用機序の一端を明らかにした。これらの結果は脳卒中後の上肢片麻痺に対する効果的なリハビリテーション方策を考慮する上で重要な知見であると考える。