抄録
【はじめに、目的】 二足歩行時の大脳皮質活動は,森ら(2004)によるサル歩行モデルを用いた研究によって確認されている.人間の歩行時の脳活動は,fNIRSによってトレッドミル歩行における歩行速度の増加(Suzukiら2004)や障害物回避時(信迫ら2010)に運動前野や前頭前野といった高次運動領域が活動することが報告されている.一方, Gwinら(2011)はEEGを用いて,トレッドミル歩行時の脳波活動を明らかにしているが,この報告においては,歩行時に感覚運動野,前帯状回,頭頂葉領域にてα,β周波数帯域の成分に変化が起こることが示されている.日常において段差などの障害物回避といった歩行制御が必要であることは言うまでもないが,平地歩行における障害物回避時の脳活動は未だ明らかにされていない.我々は,EEGとフットスイッチを同期化させることで平地歩行時の脳活動の検出を可能にするシステムを構築した.本研究は平地歩行と障害物回避歩行時の脳活動の違いをEEGによって明らかにすることを目的とした.【方法】 被験者は健常大学生男女10名(年齢20.7±1.1歳)である.EEGには64chのデジタル脳波計Active twoシステム(Biosemi社)を用いた.サンプリング周波数は512Hzとした. EEG電極の他に,頸椎カラー,荷重スイッチ(DKH社製)を被験者に装着した.測定は,1)開眼安静立位,2)定常歩行,3)被験者の歩幅に合わせたテープのまたぎ歩行の3条件で行った.歩数は15歩測定した.データ解析にはEMSE Suite(Source Signal Imaging Inc.)を使用し,Common average reference,IIR Band passを適応した.荷重スイッチより得られた2)定常歩行および3)またぎ歩行時の右踵接地を基準に踵接地から前200msの範囲において右踵接地6歩分加算平均し、パワースペクトラム解析を実施した.また,被験者ごとの波形データから64ch別のα波(8~12Hz)のパワー値を抽出した.さらに,2)定常歩行,3)またぎ歩行の値をそれぞれ個人の安静立位値で減算し,その値を安静立位値で除算した.得られた2)定常歩行と3)またぎ歩行の値の比較には,対応のある2群の差の検定を用いた.有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 ヘルシンキ宣言の内容に基づき,被験者には研究内容について説明し、同意を得た。【結果】 2)平地歩行に対して3)またぎ歩行において,補足運動野領域(Fz,F2),中心溝領域(C1,C2,C3)でα周波数帯域成分の有意な減少が認められた(p<0.05).さらに,運動前野領域(F3,F4,F5),前頭前野領域(AFz,AF4,AF7)でα周波数帯域成分の減少傾向が確認された(p<0.1).【考察】 α波(8~13Hz)は大脳皮質の活性化に伴って減少すると言われており,α周波数帯域成分の減少は大脳皮質の活動増加と考えることができる.今回またぎ歩行時において活動増加がみられた補足運動野は,四足歩行に比べ空間的な制御が必要となる二足歩行においてより活性化することがサルの研究で明らかになっている(Nakajima 2004).さらに古くから,高次な運動制御に関与していると報告されている(Roland 1980).今回の補足運動野の活動は高次な歩行処理,とりたてて踵接地200ms前の値であることから遊脚の空間的制御に関わっていることが考えられる.また,中心溝領域の活動増加に関しては,その付近に存在する一次体性感覚野や一次運動野の活動に伴ったものと考えることができる.これらの領域は,運動感覚のフィードバックに関与していると報告(Naito 2000)から,対象物に対して適切にまたいでいるかといった感覚フィードバックに関する情報処理によって活動を高めたことが示唆される.一方,先行研究のトレッドミル歩行時の障害物回避には運動前野,前頭前野の活性化が報告されているが,本結果より平地歩行における障害物回避では補足運動野の活動増加が認められた。補足運動野は自己ペース運動の制御に関与 (Taniwaki 2000),運動前野は外部刺激に対応した運動の制御に関与している (Okuno 1987).これらの見解から,トレッドミル歩行は速度設定された外部刺激に対応した運動といえるが,平地歩行は自己ペースに基づいた運動の制御過程であるため,平地歩行でより補足運度野の活性化が認められたことが考えられる.しかしながら,有意差はないもののまたぎ歩行時には前頭前野、運動前野の活動増加傾向がみられた.これはテープに対する視覚情報処理に基づいた脳活動かもしれなく,今後の研究課題が残された.【理学療法学研究としての意義】 平地歩行において障害物を回避する際には,大脳皮質の補足運動野そして一次体性感覚野,一次運動野の働きが重要であることをはじめて報告した.一方,平地歩行とトレッドミル歩行の脳活動が必ずしも一致しないことが判明し,理学療法の際にはそれらを留意して介入ならびに環境設定すべきことが示唆された.