理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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リーチ動作の繰り返しによる上肢運動パフォーマンスの改善と下肢関節運動の学習
齊藤 展士山中 正紀武田 直樹福島 順子
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p. Ab0668

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抄録

【はじめに】 日常生活において立位を保持しながらリーチ動作を行うことは非常に多い.このとき,中枢神経系は上肢運動の前後で姿勢筋を適切なタイミングで活動させ,下肢の関節運動を引き起こす.このような上肢運動における姿勢調節システムの関与はよく知られており(Cook & Woollacott 2000),立位でリーチ動作を正確に素早く行うためには,姿勢筋活動による推進力 (Stapley et al. 1998) や姿勢の安定性 (Oddsson and Thorstensson 1987)が必要とされる.また,その上肢運動を繰り返すことで運動時間や運動速度などのパフォーマンスが改善することもよく知られている(Schmidt 1991).しかしながら,上肢運動のパフォーマンス改善に姿勢調節システムがどのように関与しているのか,上肢の運動学習と同様に姿勢調節システムの学習も起こるのかという疑問は未だ明らかになっていない.そこで,今回,立位から全身を用いたリーチ動作を繰り返したときの上肢運動パフォーマンスの改善と姿勢調節に関わる下肢関節運動の変化との関係を調べた.さらに,それらの学習効果も調べた.【方法】 対象は右利きの健常成人12名(平均23 ± 2歳)とした.被験者は床反力計の上で静止立位を保ち,音刺激後,右手をできるだけ素早く肩の高さに位置する直径2 cmの目標物にリーチ動作を行った.目標物までの距離は,全身を用いたリーチ動作を行うことが可能な最大距離とした.休憩を取りつつリーチ動作を100試行繰り返し行わせた.2,3,5日目にも同様に100試行繰り返し行わせた.4日目は学習効果を調べるために休憩とした.さらに,3ヶ月後にも10試行のみ記録した.身体各部位に反射マーカーを取りつけ三次元動作解析装置により各身体部位の位置や関節角度の変位を求めた.特に,運動時間,右手の運動速度,および足関節と股関節の角度を調べた.筋電計により左右の前脛骨筋,腓腹筋,大腿直筋,大腿二頭筋から筋活動を記録した.リーチ動作の時間経過を駆動期,制動期に分け,各期間で関節角度や積分筋活動量を算出した.駆動期はリーチ動作開始時間である右手部の動き出し時間から右手の加速度が最大になる時間まで,制動期は右手の速度が最大になった時間からリーチ終了時間までとした.10試行毎の平均値を算出し,それらを比較することで,各変数の繰り返しによる変化を調べた.また,各日の最初の10試行の平均を比較することで学習効果を調べた.統計検定に反復測定による一元配置分散分析を用い,その後,post-hoc testを行った.危険率を5%とした.【倫理的配慮】 この研究は,ヘルシンキ宣言に基づき対象者には必ず事前に研究趣旨を文書および口頭で十分に説明し,書面にて同意を得て行った.【結果】 リーチ動作を100試行繰り返し行わせた初日,運動時間は998 ± 55 msから895 ± 31 msへと有意に短縮し(p<0.01),右手の最大速度は142 ± 14 cm/sから171 ± 7 cm/sへと有意に増加した(p<0.01).駆動期において足関節背屈角度は繰り返しにより3.1 ± 0.6°変化し(p<0.01),制動期では股関節屈曲角度が4.3 ± 1.3°変化し(p<0.05),ともに有意に増加した.駆動期の前脛骨筋と制動期の腓腹筋の積分筋活動量は有意に増加した(それぞれp<0.01).リーチ動作を数日行うことで5日目にはほとんどの変数で有意に学習効果が保持された(それぞれp<0.01).さらに,3ヶ月後も,運動時間と右手の最大速度,駆動期の前脛骨筋の積分筋活動量,足関節背屈角度は学習効果が保持された(それぞれp<0.05).【考察】 リーチ動作を繰り返すことにより前方への推進力を生み出す前脛骨筋の筋活動量が増加し,足関節背屈角度も増加したと考えられる.その結果,運動速度が増加したと考えられる.また,制動期における腓腹筋の筋活動量増加により短時間での制動が可能となり運動時間を短縮させたと考えられる.さらに,運動パフォーマンスだけでなく姿勢調節に関与する下肢関節運動の変化もまた繰り返しにより学習が起こった.これらの結果は,動作の繰り返しにより姿勢調節に学習が生じ,それがパフォーマンスの改善に寄与する可能性を示唆している.【理学療法学研究としての意義】 リハビリテーションの場面において,我々,理学療法士は患者に目的動作を繰り返し行わせることで能力改善を目指す.しかしながら,立位における上肢運動能力の改善を目指す場合,適切な姿勢調節がなされなければ繰り返し行ったとしても機能的な上肢運動の獲得は困難である.これまで,姿勢調節システムの学習に関する研究は極めて少なく,繰り返しにより姿勢調節に学習が起こるのか,その学習がどのくらい持続するのかはよく理解されていない.これらを理解することは,理学療法士が目的動作の改善や姿勢の安定化により適切な治療を提供するための一助となるはずであり,非常に重要な課題であろう.

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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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