抄録
【はじめに、目的】 方向変換動作は身体重心の減速、軌道修正、推進を伴う複雑な課題であり、高齢者や障害者にとっては困難な動作である。BrianCは健常者における方向変換時の床反力を調査し、床反力前後分力により速度の調節が行われ、側方分力により進行方向の修正が行われると報告している。しかし、実際の身体重心のデータが無いため床反力の各分力と身体重心位置変化との関係は明らかではない。また、方向変換方法がstep turnに限られ、より不安定性が増すと予想されるspin turnでの調査はなされていない。本研究の目的は、異なる変換角度におけるspin turn立脚相での、床反力前後、左右分力の特徴を比較するとともに、前方、側方の重心加速度との関係を明らかにすることである。【方法】 被験者は健常成人男性10名(年齢29.3±4.2歳、体重63.5±5.5Kg、身長173.0±5.4cm)とし、体幹、下肢に整形外科的既往のある者は除外した。測定動作は直進歩行(以下直進)、方向変換動作の2種類とし、方向変換方法は変換角度45°(以下45°)と90°(以下90°)のspin turn(右足を軸足として右方向へ方向変換を行う)とした。歩行速度はそれぞれ自由快適速度とし、各3回の測定を実施した。変換において被験者は方向変換地点の2m手前から歩行を開始し、方向変換後2mまで歩行を継続した。計測には三次元動作解析システム(Oxford Metrics社製VICON512)、床反力計(KISTLER社製)を用い、直進と変換時の右下肢(軸足)立脚相における前後左右方向の床反力と身体重心加速度を計測した。立脚相の定義は床反力垂直成分の出現時点から消失時点までとした。得られた各データは100%に正規化を行った。床反力は前後左右方向の力積を求め体重で補正した(N・%Stance Phase/kg、以下N・%SP/Kg)後、各動作で比較した。また各動作の立脚相を前期50%、後期50%に分割し、各相での前後、左右の床反力力積と重心加速度の平均値の相関関係を調査した。統計学的分析として、3群の比較には一元配置分散分析を用い、多重比較を行った。相関の検証にはピアソンの相関係数を用いた。統計学的有意水準は危険率5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 被験者には事前に本研究の目的と手順を説明し同意を得た。【結果】 床反力力積では、前後方向において変換角度の増大に伴い後方分力の有意な増大を認め、90°では立脚相全期に渡って後方分力の生成を認めた(直進39.1±8.4N・%SP/Kg、45°60.1±18.2N・%SP/Kg、90°110.7±28.0N・%SP/Kg;p<0.01)。左右方向では変換動作で新方向への側方分力の増大を認めたが、45°、90°では有意差を認めなかった。身体重心加速度は変換角度の増大に伴い前方加速度の減少を生じ、立脚前期で顕著であった(直進0.01±0.2m/s2 、45°-0.69±0.5 m/s2 、90°-2.02±0.9 m/s2 ;p<0.01)。側方加速度では直進と比べ変換動作で新方向への加速度増加を認めたが45°と90°で有意差を認めなかった。後方と側方における各床反力積と身体重心加速度との相関は、90°後期の側方以外は有意差を認め、特に変換動作前期の後方分力と加速度減少に高い相関関係を認めた。(45°r= -0.78、90°r=-0.86)。【考察】 床反力後方分力は身体重心の減速に働き、側方分力は新方向への推進に寄与していた。BrianCは側方分力により進行方向の修正が行われると報告しているが、今回45°と90°の2種類の動作を測定し、進行方向の変化にも関わらず側方分力に有意差を認めなかった。このことから身体重心の軌道修正は側方分力の増減によってのみ行われているとは考えにくい。45°が床反力前後方向において減速相と推進相に分割出来るのに対して、90°では立脚相全期に渡り持続的な後方分力を生じた。これは足圧中心より手前に重心位置を留めるためであり、側方分力を組み合わせることで90°の重心軌道変更を行っていたと考えられた。このように任意の方向への身体重心の軌道修正は床反力前後分力による重心の前方加速度の調節と、一定の側方分力が適切に組み合わされることにより実現されていることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 方向変換動作は床反力を生成し受け止める筋力や柔軟性だけでは不十分で、床反力の量と持続時間を巧みに調節し、重心加速度を制御する学習化された動作である。そのため方向変換に不安定性を有する症例の理学療法実施に際してはこれらの観点に留意する必要がある。