抄録
【はじめに、目的】 呼吸運動は,横隔膜と胸郭の運動である。この胸郭の運動は肋骨によって起こる。また,肋骨と脊柱は肋椎関節により連結されており,脊柱を屈曲すると肋間隙が狭くなり,伸展すると肋間隙が拡がる運動が起こる。しかし,実際にこれらが呼吸にどのように関わっているか明確にされていない。そこで,我々は最大呼気・最大吸気を行った際,脊柱アライメントの変位を若年者と高齢者で比較することで,高齢者は脊柱を過剰に動かし,若年者はほとんど動かさないことを明らかにし,その成果を第46回理学療法学術大会で報告した。高齢者は,一般的に最大呼吸筋力が低下するとされており,この筋力低下の代償として脊柱を伸展・屈曲し肋間隙を拡大・狭小させる。このことから,高齢者は呼吸筋力低下の代償として脊柱を過剰に動かし,若年者では呼吸筋力の低下はないのでほとんど動かさなかったことが考えられた。今回,呼吸運動における脊柱と筋力の関係を明らかにすることを目的に,呼吸筋力,特に呼気筋が最大呼気時の脊柱の動きに影響していると仮説を立て,最大呼吸時の脊柱の変位量と体幹筋力の関係を検討した。【方法】 高齢女性13名,平均年齢80.1±5.9歳を対象とした。脊柱弯曲の測定は,体表面上より脊椎の各椎体間の角度を測定できるスパイナルマウスを使用した。被験者は,背もたれの無い椅子に楽な姿勢で座らせ,安静時・最大呼気時・最大吸気時の脊柱アライメントを測定した。指標は,第1胸椎から第12胸椎までの各椎体間角度の総和角度である胸椎後弯角を用いた。体幹筋力の測定は,アニマ社製の徒手筋力計μ‐TASを使用した。被験者は,背もたれの無い椅子に楽な姿勢で座り,その姿勢の状態で等尺性収縮にて体幹屈曲・伸展を行わせた。センサーの位置は、体幹屈曲筋力は胸骨角下部に,体幹伸展筋力は胸骨角下部と同じ高さの背側胸椎棘突起部とした。モーメントアームは,矢状面上の胸骨角下部の高さ~大転子までの距離とした。解析では,胸椎後弯角については最大吸気時から最大呼気時までの変位量,安静時から最大呼気時までの変位量,安静時から最大吸気時までの変位量を算出し,伸展・屈曲筋力については筋力トルクを算出した。そして,胸椎変位量と筋力トルクの相関係数を単相関にて求め検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 各被験者には本実験を行う前に本研究の趣旨を文章ならびに口頭で十分に説明した上で,研究参加の同意を得た。【結果】 体幹屈曲トルクと胸椎後弯角の最大吸気から最大呼気時までの変位量では,相関係数-0.3658で有意な相関関係はなかった。体幹屈曲トルクと胸椎後弯角の安静時から最大呼気時までの変位量,相関係数-0.5941(p<0.05)で有意な負の相関関係が認められた。体幹屈曲トルクと胸椎後弯角の安静時から最大吸気時までの変位量では,相関係数-0.0945で有意相関関係はなかった。体幹伸展トルクと胸椎後弯角の最大吸気から最大呼気時までの変位量では相関係数0.0066,胸椎後弯角の安静時から最大呼気時までの変位量では相関係数-0.4578,胸椎後弯角の安静時から最大吸気時までの変位量では相関係数-0.4711で,いずれも有意な相関関係はなかった。【考察】 体幹屈曲筋力と胸椎後弯角の安静時から最大呼気時までの変位量で負の相関関係が認められた。これは,最大呼気時に体幹屈曲トルクが弱いほど脊柱を屈曲方向に動かしていることを示している。体幹屈曲筋である腹筋群は,呼気筋であり,この腹筋群の呼気筋としての作用は腹圧を上昇させ内臓を圧迫し横隔膜を押し上げるものである。しかし,腹筋群の筋力低下が起こると横隔膜を押し上げることができなくなる。この代償として,体幹を過度に屈曲させ肋間隙を狭小化,また,この体幹屈曲により内臓を圧迫し横隔膜の押し上げを代償する。前回の研究で,我々は,高齢者では呼筋力低下の代償として脊柱を過剰に屈曲方向に動かし,若年者では呼吸筋力の低下はないのでほとんど体幹を動かさなかったと推察した。今回の結果は,呼吸筋力,特に呼気筋力の低下の代償として脊柱を過剰に屈曲させることを示し,前回の推察を明らかにするものであった。【理学療法学研究としての意義】 今回,明らかになった高齢者の呼吸運動時の脊柱の動きと体幹筋の関係は,呼吸理学療法を行う際,胸郭の動きだけでなく,体幹筋力や脊柱の動きも考慮すべきだと考えられる。