抄録
【はじめに、目的】 近年、生活スタイルの洋式化に伴い、しゃがみ込み動作が不可能である者を臨床で多く経験する。これまでのしゃがみ込みやスクワット動作の分析は、関節可動域や足圧中心移動距離などに着目した報告が多くなされている。しかし、しゃがみ込みの深さについての報告は少ない。そこで今回は、しゃがみ込み動作時の身体重心高に着目し、矢状面上の骨盤傾斜、下肢関節角度および下肢関節モーメントとの関連について若干の知見を得たので報告する。【方法】 対象は整形外科的および神経学的疾患のない健常男性12名、(年齢30.1±1.62歳、身長171.5±5.54cm、体重67.8±5.64kg)であった。計測機器は三次元動作解析装置(VICON Motion system社 MXカメラ8台)と床反力計(AMTI社製)を用い、サンプリング周波数100Hzで計測した。貼付したマーカー位置はplug in gait full body model に基づく35点とした。計測動作は、足幅を股関節中心間距離とした立位から、メトロノームに合わせて、全足底接地にて5秒で最大限しゃがみ込み、5秒しゃがみ姿勢を保持し、5秒で立ち上がるように指示した。その際、両上肢は肩関節軽度外転、肘関節伸展位を保持するように指示した。しゃがみ込み動作を一人の被験者につき10回計測し、全ての試行を解析に用いた。解析項目は矢状面上の分析とし、骨盤、股、膝、足関節各々の関節角度、関節モーメント、立位時の身体重心高に対する最大限のしゃがみ姿勢での身体重心高(%)を求めた。統計学的分析は、立位時の身体重心高に対する最大限のしゃがみ姿勢での身体重心高(%)と各関節角度、各関節モーメントの相関関係をPearsonの積率相関係数から求めた。統計学的分析にはSPSS 18J(SPSS Inc.)を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は文京学院大学大学院保健医療科学研究科倫理委員会にて承認を得た。被検者に対して、本研究への参加は被検者の自由意志によるものであることを十分に説明し、研究に参加しないことによる不利益が生じないことを述べた。データは匿名化処理を行い、研究成果の公表の場合には、個人が特定されないように配慮を行った。被検者各人に口頭にて「対象とする個人の人権擁護、研究の目的、方法、参加することによる予想される利益と起こるかもしれない不利益について、個人情報の保護について、研究協力に同意しなくても何ら不利益を受けないこと、研究協力に同意した後でも自由に取りやめることが可能であること、計測中に生じうる危険」を説明し、同意を得た。【結果】 立位での身体重心高に対する最下方に身体重心が移動したしゃがみ姿勢での身体重心高(%)は骨盤前傾角度(r=0.325 p<0.01)、股関節屈曲角度(左:r=-0.373 右:r=-0.350 p<0.01)、膝関節屈曲角度(左:r=-0.784 右:-0.817 p<0.01)、足関節背屈角度(左:r=-0.316 右:r=-0.460)と有意な相関関係が認めた。また身体重心高(%)は各関節モーメントとは相関関係を認めなかった(p>0.05)。【考察】 本実験では身体重心位置が低いほど骨盤前傾角度,股関節屈曲角度,膝関節屈曲角度,足関節背屈角度が増大した。当然ではあるが深いしゃがみ込み動作には十分な股関節屈曲,膝関節屈曲,足関節背屈角度が必要であった。 身体重心が最下方になった時点では足関節底屈、膝関節伸展、股関節伸展モーメントを本人が発揮しなくてはならないが、下方にあるほど下肢関節モーメントのいずれかと関連性を示すことは無かったことになる。すなわち静止した状態では骨盤後傾位となりやすいため、床反力が膝関節か股関節のどちらかに接近することでその人の運動パターンを構築した傾向となった。しゃがみ込み動作と下肢関節の運動学的、運動力学的特徴の相関分析では関節角度のみに有意であったことは、身体重心が最下方になる途中経過のどの時点が関節角度や関節モーメントと関連性を有するのかについての検討を残したこととなり、今後検討を続けていく所存である。【理学療法学研究としての意義】 しゃがみ込み動作が不可能である人の特徴を抽出することは、しゃがみ込み動作自体が可能になる選択的なパラメータを抽出することにある。すなわち、動作を可能にする治療方法への提案が可能になると考えている。本実験では身体重心最大下方移動での特徴に言及したが、今後、動作経過時のパラメータとの関連性を探ることで動作障害の治療方針に利益をもたらせると考えている。