抄録
【はじめに、目的】 脳卒中片麻痺患者の麻痺側への重心移動の阻害要因として,麻痺側で体重を支えようとすると痙縮が高まり麻痺側の運動コントロールが困難になる(望月ら,2000),前脛骨筋における平衡反応の問題や腓腹筋の痙縮の影響(高田ら,2000)などの報告がある.よって脳卒中片麻痺患者の立位バランス改善のためには,前脛骨筋の筋活動を促通し腓腹筋の痙縮を軽減させ,麻痺側足部の運動コントロールを改善することは重要と考えられる. 脳卒中片麻痺患者における足関節周囲筋の随意性向上に対する認知的な介入として,近年では下肢に対するmirror therapy(以下MT)の報告が散見される.しかしその多くは身体機能やADLの自立度に対するMTの効果を検証しており,動作能力に対するMTの即時効果の報告は無く,MT後の神経筋活動の変化についての下肢での報告は見あたらない. 本研究では健常成人を対象に,足関節背屈に対するMTが立位バランスと反応時間に与える影響について検証することを目的とした.【方法】 対象は整形外科的及び神経学的疾患の既往のない健常成人12名(男性6名,女性6名)とした(平均年齢26.7歳,平均身長162.8cm,平均体重56.3kg).対象を封筒法にて,MT介入群(以下MT群)6名,統制群(以下CT群)6名に無作為に割り振った.MT群はミラー有りの介入を,CT群はミラー無しの介入を実施しその前後で測定を行った.測定項目は1)背屈テスト2)姿勢安定度評価指標(以下IPS)とした.背屈テストは左足にて行い,骨指標に反射マーカーを,前脛骨筋に皮膚処理後電極を貼付した.被験者を車椅子に座らせ,表面筋電図と同期させた光刺激を視覚的合図として出来るだけ速く高く背屈する課題を計5回行った.課題中の前脛骨筋の筋電図波形及び所要時間を記録して反応時間を算出した.また課題中の動作を撮影した動画を解析し,光刺激開始時点と背屈終了時点の角度の差を足関節背屈角度,時間の差を課題遂行時間とした.IPS測定では,事前に検査者が課題の説明を行い被験者は行程を数回練習した.測定肢位は裸足での立位とし,前方の目標物を固視して両上肢は下垂位にて行った.開始位置,前方,後方,右方,左方の5条件において,初期の動揺が収まった時点から10秒間を測定した.測定順序は左右をランダムに被験者に選択させて実施し,次に前方,後方の順で行った.5カ所の矩形面積の平均値と前後左右の重心移動距離から算出した安定域面積を用い,望月らの方法を基にIPSを算出した.介入として,MT群では車椅子座位にて両膝関節60°屈曲位で下腿部を露出し,鏡を両下肢の間に設置し右下肢はテーブルで隠した.被験者は右下肢の鏡像を注視しながら,右足関節の背屈運動を検査者の声かけに合わせて25回×4セット実施したが,この時左下肢は動かさなかった.CT群はMT群と同様の介入を,鏡を設置せずに左下肢を見ながら実施した.統計学的検討として,各測定項目の介入前後の比較については対応のあるWilcoxon検定を用いた.統計解析にはSPSS for windows (ver.11.0J) を使用し,有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には事前に研究の主旨を文書にて説明し、同意が得られてから実験を行った。実験中は疲労や安全性への配慮を行った。【結果】 MT群ではIPSが介入前2.27±0.14から介入後2.41±0.14と有意に増加した(P<0.05).また介入後に反応時間が短縮し矩形面積が減少する傾向を示したが,有意差は無かった(いずれもP=0.063).CT群の各測定項目では,介入前後の共通した変化は見られなかった.【考察】 結果から,足関節背屈に対するMTが立位バランス(IPS)の改善に寄与したことが示唆された.IPSの改善要因として矩形面積がMT群で減少傾向を示した.三和らは立位での下腿筋の反応時間と重心動揺の関係を検証し,前脛骨筋及び腓腹筋の反応時間が遅延していた片麻痺患者では患側方向で重心動揺が大きいとし,反応時間の遅延は外的刺激に対する身体の立ち直りの遅さを示し,重心動揺に影響した可能性を指摘している.MT群の前脛骨筋の反応時間は本実験では短縮する傾向を示し,矩形面積の減少に影響したと考えられる.また反応時間は中枢覚醒の影響を受けることが明らかにされている.健常者でMTによる運動イメージが一次運動野の興奮性増大をもたらすとの報告もあり,足関節背屈に対するMTが前脛骨筋の反応時間短縮に影響したことが示唆された. 【理学療法学研究としての意義】 足関節背屈に対するMTが健常者の立位バランス能力と反応時間の改善に影響を与えることが示唆され,脳卒中患者に応用する際の基礎的な研究として意義がある.