抄録
【はじめに、目的】 膝関節屈伸運動時の伸展最終域近くの大腿骨に対する脛骨の回旋運動は、終末強制回旋運動として知られている。また、スポーツリハビリテーションの分野では、前十字靱帯等の靱帯損傷のメカニズムで膝関節伸展時の下腿の内旋が重要視されている。これらの運動はわずかな運動角度であり、またその運動時間も短く、観察による分析では客観的に捉えにくい。三次元動作解析装置等を用いれば、その運動を数値として計測することは可能であるが、臨床環境で頻繁に応用することは難しい。近年、センサ技術の進化とその小型化により、加速度センサと角速度センサを同一筐体に組み込んだ「モーションセンサ」が市販されるようになった。その精度も動作分析への応用に十分なものとなり、わずかな動きを客観的に捉えることが可能となった。下肢関節の運動には、閉鎖性運動連鎖(CKC)の環境と、開放性運動連鎖(OKC)の環境がある。どちらの環境下での運動もADL上使用する動作である。センサ技術を応用し、これら環境下での膝関節伸展時の下腿内外旋運動を計測することは、膝関節障害の評価と障害予防に有益であると考えた。本研究の目的は、小型センサを用いてCKCとOKCの異なる環境下での膝関節伸展時の大腿と下腿の相対的な動きを計測し、それぞれの運動の特徴と膝関節にかかる回旋ストレスを分析する手法を提示することとした。【方法】 被験者は健常成人男女10名(男性5名、女性5名)とした。モーションセンサには加速度センサと角速度センサを内蔵した無線モーションセンサ(MPV-RF8-AC, microstone(株))を2セット使用した。被験者の大腿遠位部外側と下腿腓骨小頭直下にそれぞれ固定した。計測する動作は、(1) 膝関節を90度屈曲した椅座位から完全直立位までの立ち上がり動作、(2) 椅坐位で90度屈曲した膝関節を伸展する動作の2種類とした。下腿のセンサが計測した3軸方向の角速度の値より大腿のセンサが計測した角速度の値を減算し、大腿部に対する相対的な下腿部の運動角速度を算出した。さらに、それらの角速度を積分し、下腿の相対的運動角度を経時的に算出した。CKCとOKCの条件による各運動方向の角度変化の比較は、対応のあるt検定を用いて検討した。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 被験者には下肢関節および筋に整形外科的疾患を有さないことを聴取により確認したのち、研究の目的と内容を十分に説明し、研究参加への同意を得た。【結果】 CKC環境下での立ち上がり動作中、下腿の内外旋最大角度は、内旋20.22±12.93度、外旋1.17±1.41度であった。OKC環境下での膝伸展動作中、下腿の内外旋最大角度は、内旋1.33±2.35度、外旋12.03±9.22度であった。内旋最大角度はCKC環境下で有意に大きく、外旋最大角度はOKC環境下で有意に大きい値を示した。大腿に対する下腿の内外反は、CKC環境下の内反1.83±3.08度、外反25.73±14.64度、OKC環境下の内反4.19±9.56度、外反24.30±13.83度であり、両者の間に有意な差は認めなかった。伸展角度はCKC環境下で有意に大きかった。【考察】 本実験によるCKC環境下では、膝関節伸展運動に伴って下腿は大腿に対し内旋方向に運動し、終末の外旋運動は認めなかった。OKC環境下では膝関節伸展に伴って外旋運動が認められ、いわゆる終末に特化した外旋運動は認めなかった。それぞれの環境下での膝関節伸展運動に伴う下腿内外旋運動には、その運動の大きさ(角度)には個人差があるものの、CKC環境下では内旋方向、OKC環境下では外旋方向に運動するものと考えた。それらは、足部の影響や、膝関節より上部のセグメントの位置関係、運動方向の影響を受けるものと考えた。膝関節周囲のスポーツ障害で重要な前十字靱帯はじめ膝関節周囲の靱帯は、下腿内旋位でより緊張する。外部からの外力の影響のない立ち上がり動作でも下腿は内旋運動を呈することより、外力の影響を受ける可能性のあるスポーツ現場では、この自然な内旋運動の上にさらに内旋外力を受け、障害にいたる可能性を考慮する必要があると考えた。【理学療法学研究としての意義】 本研究で用いたセンサは小型、軽量で動作制限がほとんど無く、無線計測も可能なものであった。費用面でも十分に臨床応用可能なものであった。理学療法分野でもEBMが重要視される中、小型センサは動作分析の客観的計測機器として応用可能なものと考えた。より普及させるために、ハード、ソフト両面から更なる基礎研究が必要である。