抄録
【はじめに、目的】 ある一定の異常な動作を繰り返し行っていると、機能障害が改善された後もその異常な動作を修正することが困難であることを臨床場面では多く経験する。我々は、健常人において、一定期間片松葉杖で歩行した後に下肢荷重率が松葉杖側へ偏倚することを昨年の本学会で報告した。近年、能動的な感覚入力は大脳皮質運動野の神経活動を修飾し、その結果、運動パフォーマンスを向上させる効果があることが示されている。今回、交通事故により多発骨折した症例で、全荷重を許可された後でも立位・歩行時に前足部への荷重が行えず、右第1趾を背屈させ動作してしまう症例を担当した。本症例に対して、運動を伴う感覚の学習が立位・歩行のパフォーマンスを改善するかについてシングルケースデザインを用い検討したので以下に報告する。【方法】 シングルケースデザインとして、反復法ABAデザインを用いた。対象は、バイク走行中に転倒、両肘・膝打撲挫創、右鎖骨・左橈骨遠位端・右第5指基節骨・左第4指中手骨・右第1趾基節骨を骨折、手術後退院し外来にて通院されている46歳男性である。効果指標は立位のパラメータとして、重心動揺計(アニマ社GP-5000)で開眼閉脚位にて静止立位を1分間保持してもらい、前後方向動揺中心変位(以下、動揺中心Y)と左右方向動揺中心変位(以下、動揺中心X)を測定。歩行のパラメータは、Timed Up and Go Test(以下、TUG)とし、裸足で3回実施した最速回を測定値とした。観察期間(A期、Á期)、介入期間(B期)はそれぞれ5日間とし、それぞれの期間前と終了後、計4回の測定を行なった。介入は、観察期間は、関節可動域運動、足部の筋力強化運動、バランス練習を、週5回、1回約40分実施した。介入期間は、感覚学習による足部筋収縮を求める(足部や第1趾で物品の判別・再分化など感覚学習の際に能動的な筋収縮を求める)課題を週5回、1回約40分実施した。ABA終了後、C期としA+Bの要素を盛り込んだ介入を30日間行い、その間3回パラメータを測定した。測定結果の分析は、それぞれの期間パラメータの変化量を求め、横軸を期間、縦軸をパラメータとしたグラフを描き目視法で判定した。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者にはヘルシンキ宣言に基づき、事前に本研究の主旨を十分に説明し、書面にて本研究に参加することの同意を得た。【結果】 立位のパラメータである動揺中心Yは、A期前-3.32cm、B期前-3.39cm、Á期前-2.46cm、Á期後-2.5cmで、各期の変化量はA期で-0.07cm、B期0.93cm、Á期-0.04cmであった。A期、Á期の変化量に対してB期で中央へ変化する傾向にあった。同様に動揺中心XはA期前0.35cm、B期前0.87cm、Á期前0.67cm、Á期後0.47cmで、各期の変化量はA期で0.52cm、B期0.2cm、Á期0.2cmであった。A期、B期、Á期の変化量はほとんど変わらなかった。歩行のパラメータであるTUGは、A期前8.12秒、B期前5.88秒、Á期前5.74秒、Á期4.90秒で、各期の変化量はA期で2.24秒、B期0.14秒、Á期0.87秒であった。A期、Á期の変化量に対してB期の変化量は少なかった。また、観察ではB期から立位・歩行とも第1趾を接床するようになった。【考察】 動揺中心Y はA期、Á期に対してB期で中央へ変化する傾向にあったことから、B期の治療がA期に比べより足趾を使用し立位保持する効果が高かったものと思われる。Á期に動揺中心Yの変化がないことからB期治療効果は保持されていたと考えられる。また、C期にもより中央へ変化する傾向にあったことからも、足趾への能動的な運動による感覚学習の課題は立位のパフォーマンスを改善する一要因であると考えられる。動揺中心Xの変化がないのはA期前より動揺中心の片寄りは無く観察期間・介入期間の課題で動揺中心は維持できたと考える。TUGにおいては介入による明らかな傾向は得られなかった。B期終了後から大幅な変化がないのは天井効果と考えられ、Á期前までの改善は足趾への感覚学習のみでなく筋力やバランス練習による効果が主要因と思われる。しかしながら、観察において立位・歩行時に明らかに右第1趾を接床するようになっていたため、歩行は足圧計などをパラメータとして用いるとより効果を判定できたと思われる。本症例は右第1趾に荷重許可されても第1趾を背屈させた特異的動作を行っていた。介入は足趾のみに行い立位パフォーマンスの改善と歩行速度の保持が確認され、右第1趾を接床し動作を行えたことから特異的動作の改善に寄与したと考える。【理学療法学研究としての意義】 本研究により、介入手続きの工夫で固定化された動作も変容することが示唆された。本症例は運動器疾患であるが、能動的な感覚の学習など中枢神経系も含めた手続きを踏まえることで即時的効果ではなく介入による学習効果の可能性があると思われる。今後も症例を重ねて検討していく必要がある。