抄録
【はじめに、目的】 日本での腰痛有訴者率は,極めて高い疾患である。この腰痛の85%は,原因が特定できない非特異的慢性腰痛が占めていると報告されている。近年,この非特異的腰痛は,体幹筋の運動制御の変化を示し,これが腰痛と関連しているという科学的根拠に注目が集まっている。先行研究において,腰痛症を呈する者は,健常者と比較しローカル筋である腹横筋・多裂筋・および内腹斜筋下部線維の反応時間の遅延とグローバル筋である外腹斜筋の過活動を示すという報告がある。しかし,これらの体幹筋の運動制御の変化は,腰痛症との関係が明確になっていない。腰痛者における体幹筋の運動制御を評価するテストとして,ASLRテストがあり,このテストの下肢挙上時に下肢が重いと感じる程度と腰痛重症度に相関があることを報告した。しかし,この下肢挙上時の主観的に重いと感じる現象の科学的根拠は示されていない。本研究は,ASLRテストの下肢挙上時の下肢が重いと感じる現象と体幹および下肢筋の反応時間との関連性を調査した。【方法】 11人の男性健常者にASLRテストを実施し,重い下肢側と軽い下肢側を決定した。さらに,負荷なしおよび体重6%の重錘負荷を装着(以下負荷あり)し,音刺激に素早くASLRを実施した。その時の重い下肢と軽い下肢を挙上した時の体幹筋と下肢筋の反応時間を比較検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 研究に先立ち広島国際大学倫理委員会にて承認を得た後,すべての被験者に研究の目的と趣旨を十分に説明し,同意を得た上で実験を行った。【結果】 負荷ありASLR時の重い下肢挙上側と反対側外腹斜筋の反応時間の遅延と重い下肢挙上側と同側内腹斜筋下部線維および反対側大腿二頭筋の早期活動を示した。【考察】 本研究の結果より,負荷ありASLRにおける重い下肢挙上時の反対側外腹斜筋は,下肢挙上に先行し瞬時に体幹を安定させるためのフィードフォワード制御に変化が生じていた可能性があると推察した。ゆえに,健常者の下肢挙上時に下肢が重いと感じる理由は,この外腹斜筋のフィードフォワード制御の変化の可能性があると推察された。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果から,次のことが示唆できる。第1に,ASLRテスト時の筋の反応時間は,体幹筋の運動制御の評価の指標となる可能性があるということである。四肢の随意的な訓練は,ただ動かすというのではなく,この上述した体幹の運動制御を評価し,フィードフォワード機構を考慮した四肢の動きに伴う体幹の筋反応を出す必要があると推測される。第2に,下肢挙上時の体幹の運動制御は,下部体幹のみを捉えるのではなく,下肢,上部体幹を含めた運動制御を考慮する必要があるということである。しかし,本研究で外腹斜筋の反応時間の遅延を起こす原因を解明することはできなかったため,これは今後の課題である。さらに,本研究の結果が,腰痛と関連しているかどうかは注意すべき点である。今後,腰痛を有する者のASLR時の筋の筋収縮反応時間を検討し,姿勢制御のメカニズムと疼痛発症メカニズムを明らかにすることは,今後の課題である。