抄録
【目的】 変形性股関節症(以下、股OA)は股関節の拘縮や下肢の短縮などにより骨盤傾斜を生じる。中でも前額面における骨盤側方傾斜は、見かけの脚長差や歩容に影響を及ぼし、臨床においてもよく評価する項目である。しかし、骨盤側方傾斜角度を立位にて測定した報告はあるが、臥位にて測定し定量的に評価した報告はほとんどない。そこで今回、人工股関節全置換術(以下、THA)前後の骨盤側方傾斜角度を測定し、その特徴と脚延長量との関係性について明らかにすることを本研究の目的とした。【方法】 対象は2008年9月から2011年5月までに当クリニックにてTHAを行った504関節のうち、片側末期股OA患者200名(男性23名、女性177名)とした。平均年齢は63.5±9.7歳、身長は154.6±7.1cm、体重は55.3±9.6kgであった。両側股OA、慢性関節リウマチ、大腿骨骨頭壊死、骨切り術後、急速破壊型股関節症の症例は対象から除外した。手術方法は全例後側方進入であった。骨盤側方傾斜角度と脚長差は、通常の検査にて撮影した手術前と手術直後の両股関節臥位単純X線正面像を用いて計測した。計測機器は画像情報統合システムShade Quest(横河メディカル社製)を使用した。骨盤側方傾斜角度は両側の涙痕下端を通る直線と水平線のなす角とし、患側骨盤下制方向を正、挙上方向を負とした。術前の骨盤側方傾斜角度が2°以上を骨盤下制位群(以下、D群)、-1.9°~1.9°を骨盤中間位群(以下、N群)、-2°以下を骨盤挙上位群(以下、U群)の3群に分類した。さらに3群を術前後の骨盤側方傾斜角度の変化により6群に分類し、D群の中で術前後で骨盤下制した群をDD群、反対に骨盤挙上した群をDU群、同様にN群下制をND群、N群挙上をNU群、U群下制をUD群、U群挙上をUU群とした。術前後の骨盤側方傾斜角度の変化量は、術直後から術前の骨盤側方傾斜角度を引いた値とした。脚長差は両側の涙痕下端を通る直線と患側の小転子先端を通る平行線との垂線の長さAから健側の小転子先端を通る平行線との垂線の長さBを引いた長さ(A-B)とした。また、術直後の脚長差から術前の脚長差を引いた長さを脚延長量として算出した。術前後の骨盤側方傾斜角度の変化量と脚延長量との関連性を検討するために、統計解析はpearsonの相関係数を求めた。有意水準は5%とした。【説明と同意】 対象者には口頭ならびに書面にて十分に説明し、研究の参加の同意を得た。また、本研究は当クリニックの倫理規定に則り実施した。【結果】 術前の骨盤側方傾斜角度による分類は、D群49名、N群73名、U群78名であった。各群を術前後の骨盤側方傾斜角度の変化により分類した結果は、DD群22名、DU群27名、ND群49名、NU群24名、UD群71名、UU群7名であった。各群の骨盤側方傾斜角度と術前後の変化量(術前、術直後、変化量)は、DD群(3.1°、5.2°、+2.1°)、DU群(4.2°、1.8°、-2.4°)、ND群(-0.3°、2.5°、+2.7°)、NU群(0.3°、-1.6°、-1.8°)、UD群(-4.8°、-1.0°、+3.7°)、UU群(-3.1°、-4.2°、-1.1°)であった。脚長差と脚延長量(術前、術直後、脚延長量)は、DD群(-10.1mm、3.9mm、14.0mm)、DU群(-14.8mm、0.0mm、14.8mm)、ND群(-13.5mm、2.5mm、16.0mm)、NU群(-13.2mm、0.2mm、13.4mm)、UD群(-11.7mm、2.2mm、14.0mm)、UU群(-10.6mm、0.9mm、11.5mm)であった。術前後の骨盤側方傾斜角度の変化量と脚延長との間に相関関係はみられなかった。【考察】 本研究の結果より、術前の骨盤側方傾斜角度により分類した3群の術前後の骨盤側方傾斜の特徴は、D群は術前後で骨盤下制したDD群より骨盤挙上したDU群のほうが多く、N群はND群よりNU群のほうが少なく、U群はUD群よりUU群のほうが少なかった。また、術前後の骨盤側方傾斜角度の変化量と脚延長量との間には関係性は認められなかった。すなわち、術後患肢が延長しても骨盤が下制する症例ばかりではなく、反対に骨盤挙上する症例もあり、その内訳は術前の骨盤側方傾斜角度により分類した3群により異なることが分かった。これは術前の骨盤側方傾斜角度は骨・関節包・靭帯による関節拘縮の影響が大きく、術後はその影響が軽減し残った股関節周囲筋の伸張性による影響のほうが大きくなるためであると考える。また、股関節周囲筋の伸張性に個人差があり、これが大きな影響を与えていると考える。【理学療法学研究としての意義】 本研究は、片側股OAの変形の進行過程やTHA術前後の骨盤側方傾斜角度の変化を予測する上で参考になるものであり、意義のある研究であると思われる。