抄録
【はじめに、目的】 現在,認知症患者は増加傾向にあり早期予防が求められている.認知機能低下の早期には前頭前野の血流低下が関係し,前頭前野の血流増大が認知機能改善の一つとされている.われわれは前回の本大会にて健常若年者を対象にして歩行条件の違いによる脳賦活領域の検討を行い,歌を口ずさむ歩行が最も前頭前野の賦活したことを報告した. 今回,認知症予防に効果的な歩行条件を設定するために,前回と同じ課題で健常高齢者の前頭前野に与える影響を調査し,健常若年者と比較したので報告する. 【方法】 対象は健常若年者群3名(男性1例・女性2例,年齢は26.2±3.1歳)と健常高齢者群3名(女性3例,年齢は68.3±3.0歳)であった.歩行に関する課題は,課題1:自然歩行,課題2:104回/分のリズムに合わせた歩行,課題3:同リズムの歌に合わせた歩行,課題4:歌を口ずさむ歩行とし,課題の施行は1ブロックを自然歩行15秒→各課題歩行60秒→自然歩行15秒とし2ブロック施行し,課題は紙面にてランダム提示した.それぞれの課題について,脳血流酸素動態を機能的近赤外線分光装置(fNIRS:島津社製 FOIRE3000)を用いて測定した.光ファイバフォルダを前頭-頭頂部を覆うように全49チャンネル(以下:ch)装着した.プローブ位置は国際10-20法に基づきCzを基準に設定した.歩行はBIODEX社製(BIODEX gaite training system)トレッドミルを用い速度は両群とも3.2km/hとした. 解析には酸素化ヘモグロビン(以下Oxy-Hb)値を用い各条件下での歩行と自然歩行の間でOxy-Hb加算平均値を比較した.次に前頭前野背外側部に相当する左右8chにおいてOxy-Hb実測値の絶対値の和を算出し,条件1と各条件の変化率を群間で比較した.なお,統計学的解析は対応のあるt検定を用いて行い,有意水準p<0.05で有意差ありとした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は十分な説明のもと同意を得られた被験者を対象とし,信州大学倫理委員会の承認を得た.【結果】 各条件における若年者群と高齢者群の脳賦活領域は,課題1では両群ともに左右前頭前野,課題2では両群とも左右前頭前野背外側部・運動前野背外側部・運動感覚野領域,課題3では両群とも左右前頭前野背外側部・運動前野・運動感覚野領域,課題4では両群とも左右前頭前野背外側部・補足運動野・運動前野・運動感覚野領域であった. 課題1に対する前頭前野背外側部のOxy-Hb変化率は,課題2では若年者群が右100.1%・左106.6%,高齢者群が右66.2%・左127.9%,課題3では若年者群が右102.1%・左104.1%,高齢者群が右150.5%・左115.4%,課題4では若年者群が右105.1%・左104.6%.高齢者群が右244.3%・左351.7%であった.【考察】 課題1に対する前頭前野背外側部のOxy-Hb変化率では,若年者群と高齢者群ともに課題4が課題1~3より高く,特に高齢者群でより高い変化率を示す傾向にあった. 課題4は課題1~3より複数課題の処理を要する歩行であったので,賦活領域は両群とも左右前頭前野背外側部・運動前野・補足運動野・運動感覚野と広範囲に渡った.二重課題条件下での歩行能力には注意機能が重要であるという山田らの報告や注意機能には前頭葉機能が重要であるというWeberらの報告からも,課題4は複数課題の遂行を必要としたため両前頭前野領域を賦活したものと思われた.特に加齢によって低下した注意機能が必要とされたために高齢者群では特に強く賦活されたのではないかと考えた. 【理学療法学研究としての意義】 認知症予防に効果的な歩行条件を設定するために本研究を行った.歌を口ずさむ歩行は前頭葉機能をより必要とする課題であり,特に高齢者においてより強く両前頭前野領域を賦活した.今後さらに検討して,認知症予防リハビリテーションプログラムの1つに加えたいと考えている.