抄録
【はじめに、目的】 疲労状態の組織に能力以上のストレスを与え,さらに無理な動きをしようとした場合,その筋肉や腱,靱帯といった組織に微細外傷や炎症が発生し,局所的な組織障害を招く.そのため筋の疲労時や疲労後の形態学的変化を把握することは,肉離れなどの解明の基礎的研究になりうる重要な知見である可能性がある.筋疲労を評価した報告では,その生理学的変化として筋電図を用い評価されてきた.その特徴として筋活動量の増加や周波数帯域の低周波化がよく知られており,筋活動量や中間周波数は筋疲労の簡便な指標となる.しかし筋電図では筋の形態学的な変化を把握することは困難である.筋疲労時中の形態学的変化を調査した研究では, 超音波を用いて観測されておりてり,その指標として筋厚や羽状角,筋束長が用いられるようになってきた.しかし,その報告は少なく,肉離れの多い膝周囲筋の形態学的変化や疲労後の変化を見ていない.そこで本研究では,超音波,筋電図を用いて疲労課題中および課題後の羽状角,筋厚,筋束長,筋活動量の経時的変化について調査した.【方法】 対象は,下肢に既往のない健常女性12名とした.対象筋は外側広筋とした.疲労課題は,最大筋力の75%の強度,膝関節屈曲45度での持続性等尺性膝伸展運動とし,2秒間以上その筋力が維持できなくなった時点を終了とした,また課題後は,同肢位のまま30秒間の安静時間を設けた.なお最大筋力の測定および一定筋力の持続にはBiodex社のsystem3を用いた. 外側広筋の形態学的変化の観測として超音波画像診断装置(東芝メディカルシステムfamio8)を用い,課題中および課題後30秒間を記録した.測定部位は,先行研究に基づき大転子と大腿骨外側上顆を結んだ線上50%の位置とした.プローブを皮膚面に対して垂直に保持し,筋肉を圧迫しないように皮膚に軽く触れるようにして接触させ静止画および動画を記録した.測定項目は,羽状角,筋厚,筋束長とし,羽状角は深層の腱膜と筋束のなす角度,筋厚は表層の腱膜と深層の腱膜の間で測定した.筋束長の推定には,先行研究に基づき筋厚および羽状角から筋束長を算出した.(筋束長=筋厚/sin羽状角).生理学的変化として表面筋電図(NORAXON社製)を用い,疲労課題中の外側広筋の筋電図波形を記録した.測定した全波形は,整流化後,50msのRoot Mean Square(RMS)値を求め,最大等尺性収縮時のRMS値を100%として正規化した値(%MVC)を求めた.統計学的分析には,課題前後の羽状角,筋厚,筋束長の比較に対応のあるt検定を行った.また疲労課題が継続可能であった時間を100%とし,4区間(1期25%,2期50%,3期75%,4期100%)に区切り,各区間における羽状角,筋厚,筋束長,RMSを算出し,その変化をfriedman検定にて解析を行った.有意な場合に多重比較(sheffle)を行った.有意水準は5%とした.統計はエクセル統計2006を使用した.なお課題前は安静時,課題後は課題終了の30秒後,課題中は課題の継続可能であった区間を表している.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には,本研究の主旨および方法,研究参加の有無によって不利益にならないことを十分に説明し,書面にて承諾を得た.また本学倫理委員会の承認を得て行った.【結果】 疲労課題の継続時間の平均は57.9秒であった.羽状角の課題前後の比較では,課題前は12.1度,課題後は14.5度と課題後に有意に増加していた.筋束長では,課題前92.9mm,課題後81.3mmと課題後に有意に減少していた.筋厚は課題前18.0mm,課題後18.6mmで有意な差は認められなかった.また課題中の変化では,羽状角が安静時と比較し,第1,2,3,4区間で有意に増加した.筋束長は,安静時と比較して第2,3,4区間で有意に減少した.筋厚については,有意な差は認められなかった.RMSについては,第1区間と比較して第3区間で有意に増大していた.【考察】 疲労課題における形態学的変化は,課題開始後,羽状角の増大と筋束長の減少が起こったが,その後は,大きな変化は見られなかった.課題中,角度が変化しなかったのは,課題が75%MVCと高負荷での条件であったため課題初期から羽状角の角度が最大になっていて変化する余地がなかった可能性が考えられる.また課題後の羽状角の増加,筋束長の減少していることは,安静時と比較し疲労直後は形態学的にはトルク発揮に不利な状態になっていることが示唆される.【理学療法学研究としての意義】 これらの知見は,筋疲労に対する評価や治療効果の指標となる可能性があり,さらには,筋疲労を評価することにより肉離れの予防やトレーニング効果に役立つ可能性がある.