抄録
【はじめに、目的】 肩こりや腰痛などの自覚症状を訴える者の多くは,理学療法の対象となる.そのため,理学療法において痛みに関する調査・研究は重要である.また,これら骨格筋由来の運動器の痛みの特徴として動作時痛があり,この痛みによって身体活動が制限され,日常生活に支障を来す場合が多い.そのため,動作時痛を定量化することは,患者間や治療前後の比較を可能とし,効果判定などに有益となる.そこで我々は,検体採取自体が簡便で非侵襲的なため,比較的臨床応用が容易な唾液による評価に着目した.唾液には,自律神経により分泌が調節される消化酵素である唾液αアミラーゼ(sAA)と糖タンパク質であるクロモグラニンA(CgA)が含まれ,両者は疼痛などのストレス指標として一般的に用いられている.sAAは,分泌経路が身体的ストレス系である交感神経-副腎髄質系経路(SAMsystem)と精神的ストレス系である視床下部-下垂体-副腎皮質系経路(HPAaxis)の2つにより影響を受け,身体的,精神的ストレスの双方を反映すると言われている.それに対し,CgAはHPAaxisによる経路のみで分泌されるため,精神的ストレスのみを反映すると言われている.そこで,動作時痛を唾液にて評価する場合,sAAは動作時の疼痛では無く,身体活動に影響を受けることが予測され,CgAは動作時の疼痛に影響を受けることが予測される.そこで本研究では,健常成人の下腿三頭筋に遠心性収縮(ECC)運動を行うことで遅発性筋痛(DOMS)を発現させ,歩行時痛に対するsAA,CgAの反応性について検討した.【方法】 健常若年男性7名(平均年齢20.1±1.6歳,平均身長169.8±4.1cm,平均体重61.7±6.8kg)を対象に,下腿三頭筋のECC運動を行い,visual analogue scale(VAS) を用いて,運動前と運動後から7日後までの経時的な下腿三頭筋の安静時痛,短縮痛,伸張痛を聴取した.さらに,ECC運動前と運動2日後に傾斜角度15°に設定したトレッドミルを用いて3分間の通常歩行を行い,歩行直前と歩行中に感じた疼痛の程度をVASにて聴取した.また,歩行の直前と直後に唾液を採取し,採取した唾液を試料とし,sAAとCgAを測定し,トレッドミル歩行後の値をトレッドミル歩行前の値で補正した変化率(%)を算出した.なお,統計学的検討は,群間および群内比較を一元配置分散分析にて行い,有意差を認めた場合は事後検定にてFisherのPLSD法を用いて行った.相関は,スピアマンの順位相関係数を用いて行った.有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本実験のすべての手順は,世界医師会の定めたヘルシンキ宣言(ヒトを対象とした医学研究倫理)に準じて実施した。全ての被験者には,本研究の主旨を文書及び口頭にて説明し,研究の参加に対する同意を書面にて得た.【結果】 VASを用いた経時的な筋痛は,ECC運動1日後より伸張痛と短縮痛が発現し,短縮痛は3日後まで,伸張痛は5日後まで有意に増加した.また,ECC運動2,3日後の伸張痛は,安静時痛,短縮痛と比べ有意に高値を示した.sAAは,ECC運動前において歩行前後で有意な増加を認めたが,ECC運動2日後では歩行前後で有意な変化を認めなかった.歩行時痛とsAAの関係性はECC運動2日後において負の相関関係にあった.それに対してCgAは,ECC運動2日後において歩行前後で有意な増加を認め,歩行時痛とCgAの関係性は正の相関関係にあった.【考察】 下腿三頭筋のECC運動によって,運動2日後に伸張痛を主としたDOMSの発生を認めた.そのため,運動2日後では歩行に伴って下腿三頭筋に疼痛が誘発された.しかし, sAAは疼痛を伴わない運動前の歩行前後で有意な増加を認め,疼痛を伴う運動2日後には変化を認めなかった.また,運動2日後のsAAと疼痛の関係をみると,疼痛の増加に伴いsAAは減少していた.一方,CgAは疼痛を伴う運動2日後の歩行前後に有意な増加を認め,運動2日後のCgAと疼痛の関係をみると,疼痛の増加に伴いCgAも増加していた.このことから,CgAは歩行に伴って誘発される疼痛による精神的ストレスの増加を反映して増加することが考えられ,骨格筋由来の動作時痛を評価する場合,有用な評価指標となる可能性が窺えた.【理学療法学研究としての意義】 理学療法において,骨格筋に由来する動作時痛を訴える患者は多い.そのため,動作時痛を客観的に定量化する手法を確立することは,治療効果の判定などに有益と考える.今回の結果は,骨格筋由来の動作時痛を評価する場合,CgAは有用な評価指標となる可能性を示唆する.これは,動作時痛を客観的に定量化する手法を確立するための基礎的資料を提供することができると考える.