抄録
【はじめに、目的】 高強度運動に伴って筋線維では細胞膜損傷が生じるとされているが、細胞膜損傷は呈さずに細胞骨格や筋細管系といった微細構造の破綻のみが生じるという報告もあり、高強度運動後の筋線維損傷には統一した見解が得られていない。スポーツ現場では、高強度運動後に炎症プロセスの抑制、二次損傷の抑制を目的として寒冷刺激が用いられている。一方で、高強度運動後には筋再生を目的とした温熱刺激が用いられることもある。よって我々は、高強度運動後に生じる筋線維損傷に対し、寒冷、温熱刺激がもたらす影響について検討を加えるため、温度刺激後の筋線維損傷の経時的変化を形態学的に検索することとした。【方法】 8週齢のddY系雄マウスを下り坂走行群(DR)、DR+寒冷刺激群(ICE)、DR+温熱刺激群(HEAT)に分けた。DRには高強度運動が実施できる動物用トレッドミルを用い、10分間のウォーミングアップ後、20°の下り坂を20m/minの速度で30分間走行させた。寒冷刺激と温熱刺激はDR5分後から上腕三頭筋に対して20分間実施した。DR直後、1、2、3、5、7、14日目の各時期において上腕三頭筋を摘出し、エポン包埋した後に1μ厚の切片を作製した。作製した切片にはToluidine blue染色を実施し、光学顕微鏡にて組織所見を観察した。また、損傷を認めなかった筋線維を用いて筋節長を測定した。また、Z線上の細胞骨格を観察するため、DR後、1、3日目におけるデスミンの免疫組織化学染色を実施した。筋線維における細胞膜損傷の有無に関して、DR実施直後にEvans blueを腹腔内に投与し、24時間後の上腕三頭筋を用いて評価した。得られた測定値の統計処理には一元配置分散分析とTukeyの多重比較検定を用い、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 全ての実験は所属機関における動物実験に関する指針に従い、動物実験委員会の許可を得た上で実施した。【結果】 全ての群においてEvans blue陽性の筋線維は認めなかった。DR後1日目のToluidine blue染色所見では、全ての群でZ線のストリーミングを確認し、その割合はICE群(2.1%)、DR群(0.5%)、HEAT群(0.1%)であった。DR後1、2日目のZ線ストリーミング範囲は、ICE群でHEAT群に比べ有意に広かった。全ての群において筋線維の細胞膜が波打つ所見を認め、その出現頻度はDR群とICE群では早期より高値であったが、HEAT群では低値であった。また、DR後2日目より濃染された細胞質が確認され、ICE群ではDR後14日目においても濃染された細胞質を認めた。デスミンの免疫組織化学染色所見に関して、DR未実施の上腕三頭筋ではZ線上に均一な発現を認めるが、DR群ではその発現が不整であった。また、ICE群における筋節長はHEAT群に比べて有意に低下していた。【考察】 Evans blue及びToluidine blue染色所見より、本研究で用いたDRによる高強度運動では筋線維に細胞膜損傷は生じず、筋線維内の微細構造に破綻が生じた。また、筋線維における微細構造の破綻は寒冷刺激よって増悪し、温熱刺激によって軽減した。マウスのDRでは上腕三頭筋に遠心性収縮が生じるとの報告があり、遠心性収縮後の骨格筋では筋小胞体の破綻によるCa2+濃度上昇よってカルパインが活性化し、Z線に局在する足場タンパク質であるデスミンを加水分解するとされている。本研究ではDRに伴ってデスミンの局在が不整になったため、筋線維における微細構造破綻にカルパイン系の活性化が関与していた可能性がある。また、寒冷刺激は筋節長を短縮させたことから、DRにより脆弱化したZ線の構造は寒冷刺激による筋節長の短縮によって更に破綻したと考えられる。一方、温熱刺激では筋節長の短縮が比較的少なかったことやまた、先行研究において温熱刺激が比較的早期の筋転写因子などの促進を認めていることから、温熱刺激において微細構造の破綻が少なかったのかもしれない。細胞膜が波打つ現象が確認されたことに関して、デスミンは細胞膜と機械的に統合しており、Z線の破綻に起因し、細胞膜の波打ちを引き起こすのかもしれない。全ての群においてDR後2日目から濃染された細胞質が出現したが、DR後14日目ではICE群にのみ濃染された細胞質を認めた。濃染された細胞質の出現は筋再生の開始を示すとされており、筋再生は全ての群において同時期から開始したにもかかわらず、寒冷刺激は再生過程の遷延化を引き起こしたと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 今回、高強度運動後の骨格筋病態に対して、寒冷刺激が悪影響を与える可能性があることが示唆された。このことは、温度刺激の利用に関して、更なる検討が必要であることを示している。