抄録
【はじめに】 脳損傷をはじめとする中枢神経障害では,細胞死や軸索損傷により四肢に麻痺が生じ運動障害を引き起こす。しかし,脳損傷後のリハビリテーションによって一定の機能回復がみられることがある。齧歯類モデルでは,脳損傷後にリーチ動作を反復訓練することによって,シナプスの可塑性および神経樹状突起の形態学的変化による神経回路の再構成が起こることが知られており,これらが機能回復の一要因として考えられている。しかし,実際の脳卒中患者やサルモデルでは,リーチ動作訓練単独では機能回復が起きないことから,この回復メカニズムを脳損傷患者に適応させるには限界がある。我々は,運動麻痺の新たな機能回復機序として,傷害から逃れた皮質脊髄路が新たに軸索枝を伸長・分岐し神経回路網を形成することを見いだしているが,脳損傷後,どのようなリハビリテーションがこの回路網形成を促進させるのかについては未だ明らかにされていない。そこで,本研究では,脳損傷後のリハビリテーションの違いによる神経回路網の変化や機能回復を解析することで,神経可塑性の促進と機能回復に効果的なリハビリテーションを明らかにし,その神経基盤を解明することを目的とした。【方法】 動物は8週齢C57BL/6Jマウスを用いた。深麻酔下にてインパクターを用いて,一側大脳皮質の運動野領域に直径3mmの損傷を加える脳損傷モデルを作成した。リハビリテーションには,障害側のみを使用する単一的なリーチ動作訓練(リーチ群,30分or 60ペレット/日)と両前肢を使用する協調的トレーニング(Rota-rod群,35rpm,30分/日)を用い,両訓練とも脳損傷後5日目より4週間行った。実験群として,非脳損傷群,脳損傷群,脳損傷+リーチ群,脳損傷+Rota-rod群を作成した。行動学的解析には,前肢機能の評価であるStaircase test(障害側前肢で階段上のエサを何個とるかを評価),Ladder walk test(はしご上を歩き前肢をどの程度踏み外すかを評価)を用い,脳損傷前,脳損傷後4日目とその後各週に行った。皮質脊髄路は,順行性トレーサーであるBiotinylated dextran amine(BDA)を,非損傷側の大脳皮質感覚運動野へ注入して可視化した。神経回路網の評価は,BDAによってラベルした皮質脊髄路の軸索枝が,脊髄内(頸髄領域:C4-C7)で対側へ伸長・分岐した数をカウントした。各群の脳損傷範囲は,凍結切片(Bregma:1.2mm--1.0mm)をNissl染色した後にImage Jを用いて解析した。【倫理的配慮、説明と同意】 当大学の遺伝子組換え実験および動物実験に関する内規を遵守し,それぞれの安全委員会の方針にしたがって実験を行った。【結果】 脳損傷後35日目の損傷範囲は,脳損傷群,脳損傷+リーチ群,脳損傷+Rota-rod群それぞれ有意な差は認められなかった。前肢機能評価のStaircase testでは,脳損傷+Rota-rod群は脳損傷群に比べ有意な機能回復がみられた。Ladder walk testでは,脳損傷+Rota-rod群は,脳損傷群と脳損傷+リーチ群に比べ有意な機能回復がみられた。非損傷側皮質脊髄路からの軸索枝の伸長・分岐は,C4-C7の各髄節において,脳損傷群が非脳損傷群に比べ有意に増加していた。さらに,脳損傷+Rota-rod群では,非脳損傷群,脳損傷群,脳損傷+リーチ群に比べて有意に増加していた。脳損傷群と脳損傷+リーチ群には,有意な差はみられなかった。【考察】 脳損傷後の機能低下を代償するために,頸髄領域の非傷害側皮質脊髄路が頸髄において対側へ軸索枝を伸長することが考えられた。そこに,両前肢の協調的トレーニングを介入させることによって,対側への神経軸索枝の伸長・分岐が有意に促され,前肢機能を回復させることが示唆された。しかし,傷害側のみの単一的なリーチ訓練では,神経回路網の変化や前肢機能の回復は見られなかった。これらの結果から,脳損傷後の代償性神経回路網形成の促進による機能回復には,両前肢の協調的なリハビリテーションが効果的であることが示された。【理学療法学研究としての意義】 脳損傷後のリハビリテーションによって脊髄内での代償性神経回路網形成が促進され機能回復を起こすという新たな作用機序を明らかにすることができた。さらに,この回路網形成は両前肢の協調的トレーニングでは促進されるが,単一的な反復動作では促進されないという神経基盤を明らかにすることができた。これらの結果は,脳損傷後の機能回復に直結する神経回路網変化を促進させる理学療法治療に結びつくものと考える。