抄録
【はじめに】 脳卒中発症後の歩行能力は12週でプラトーに達すると言われていたが,近年,慢性期においても適切なトレーニングで歩行能力が改善することが示されてきている.今回,当院で実施している地域在住の慢性期脳卒中患者に対する集中的な高強度トレーニングが歩行能力のみに留まらず動的・静的バランス機能,痙縮に影響を及ぼすか検討した.【方法】 対象は当院リハビリテーション科を外来受診した地域在住の慢性期脳卒中患者26名とした.介入前の対象者特徴は,平均年齢65±11歳,発症後期間は平均56±57か月であった.性別は男性20女性6名,病型は梗塞17出血9名,下肢Brunnstrom stageは2が1名,3が6名,4が9名,5が5名,6が5名であった.装具使用は18名で短下肢装具であり,歩行補助具使用は23名で一本杖を使用していた.包括基準は,監視以上で歩行可能な者とした.除外基準は,重篤な循環器疾患,重度の感覚障害を有する者とした.訓練介入は3か月間,週2回の外来で一回約50分の訓練を実施した.内容は,筋力トレーニングとして,麻痺側片脚スクワット,20cm台麻痺側踏み台昇降,ジャンプを各々20回1セットとして短い休息を入れながら3~5セット実施した.歩行トレーニングは速歩を20m程度30セット実施した.これらの訓練を各々10分程度ずつ実施した.測定項目は,6分間歩行距離(以下,6MWT),動的バランスとしてTimed Up & Go(以下,TUG),静止立位バランスとして重心動揺計を用い20秒静止立位総軌跡長およびModified Ashworth Scale(以下,MAS)で評価した麻痺側下腿三頭筋の痙縮とした.測定は介入前と3か月後まで1か月毎に計4回実施した.統計学的解析はSPSSを用いて6MWT,TUGおよび総軌跡長は反復測定による一元配置の分散分析およびBonferroni検定,痙縮はFriedman検定およびBonferroniの不等式を利用しWilcoxon符号付順位検定を用いた.有意水準は危険率5%未満とした.【倫理的配慮】 対象者には本研究の趣旨,情報管理および結果の公表に関して,口頭で説明し文書にて同意を得た.尚,本研究は浜松医科大学倫理委員会の承認を得ている.【結果】 6MWT(介入前→1か月後→2か月後→3か月後)は平均265→329→350→362mへ改善した.介入前に比べ1か月後,2か月後,3か月後で有意に高値であった.また1か月後に比べ2か月後,3か月後で有意に高値であった.同様にTUGは16.1→12.9→12.3→11.7秒へ改善した.介入前に比べ1か月後,2か月後,3か月後で有意に低値であった.また1か月後に比べ3か月後で有意に低値であった.総軌跡長は48.9→42.4→48.8→48.2cmで有意差はなかった.MASは介入前後で1名は増加,8名は低下,17名は変化なかったが統計学的有意差はなかった.【考察】 3か月の介入で歩行能力および動的バランスが改善したが,静的バランスおよび痙縮は変化がなかった.バランスには支持基底面内でのバランス保持である静的バランスと,支持基底面が移動した状態におけるバランス保持機構である動的バランスがある.Shumway-CookらはTUGが14秒以上であることが転倒リスクに繋がることを報告している.我々のトレーニングは介入前TUGが16.1秒であったが,3か月後には11.7秒へ改善し,将来的に起こりうる転倒リスクを低下させることに寄与した.一方,静的バランスは改善を認めなかった.島田らは高齢者に対するバランス訓練について動的訓練群ではTUGや階段降り動作時間が改善,静的訓練群では片足立位時間やファンクショナルリーチが改善したという訓練特異性を報告している.本研究の結果はトレーニング自体がダイナミックな運動で構成されていたことによると考えられた.また長年,脳卒中患者に対する高強度トレーニングは筋緊張増加の危険性が危惧されていたため,努力を要するようなトレーニングは避けるように勧められてきた.特に下腿三頭筋の痙縮は歩行能力に悪影響を及ぼすことが知られているが本研究において筋緊張を増加させることはなかった.我々は,45回本学会において本訓練法が下肢筋力を改善させることを報告したが,歩行能力が改善した要因は,下肢筋力が改善したことに加えて,動的バランスが改善したこと,またトレーニングで痙縮は増悪しないことが考えられた.【理学療法学研究としての意義】 地域在住脳卒中患者に対する速歩および麻痺側の筋力トレーニングは下肢筋緊張を増加させることなく動的バランス能力および歩行能力を向上させることが期待できる.