理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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専門領域 口述
血圧と腎Nitric Oxide系に対する長期的運動の影響
伊藤 大亮伊藤 修曹 鵬宇森 信芳上月 正博
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キーワード: 運動療法, 血圧, 一酸化窒素
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p. Ae0044

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抄録
【はじめに、目的】 運動療法は心血管疾患、代謝疾患、呼吸器疾患、神経疾患、筋骨格系疾患などに対して幅広く適応が認められており、理学療法診療の中心となっている。運動療法が有効とされる心血管疾患としては、冠動脈疾患、心不全、脳卒中、高血圧症があり、高血圧患者に対する運動療法の降圧効果が大規模臨床試験等により明らかにされている。全身の循環血流量や血圧調節において、心血管系に加えて、腎臓もまた重要な臓器であり、近年、心・腎連関として注目されている。高血圧モデルや慢性腎不全モデルなどの動物モデルにおいて、長期的運動は降圧効果を示すだけでなく、血清クレアチニン、尿蛋白排泄量の低下、糸球体硬化病変の軽減など腎保護効果も示すことが明らかにされているが、いかなる機序によって長期的運動が降圧効果や腎保護効果を示すかについては未だ明らかではない。 一酸化窒素(Nitric Oxide ;NO)は血管内皮細胞が産生する生理活性物質の一つとして強力な血管拡張作用を有し、血圧調節において重要である。NOは血管拡張作用に加え、抗酸化作用や抗炎症作用など様々な保護作用を有しており、腎においても、腎血管トーヌスの減少に加え、尿細管における水・ナトリウム再吸収の阻害や尿細管糸球体フィードバック(TGF)の減弱などに作用し、降圧作用に関与している。NO産生に対する運動の影響については、正常ラットや高血圧モデルラットの心・血管系では数多く検討されており、NOの合成酵素である内皮型NOS (eNOS)や神経型NOS (nNOS)の蛋白発現が運動によって増加することが報告されている。しかし、腎におけるNO系への長期的運動の影響についてはこれまで報告がない。そこで本研究は、運動療法による降圧効果や腎保護効果の機序やその安全性を明らかにするため、血圧と腎NO系に対する長期的運動の影響について、代表的な高血圧モデルである高血圧自然発症ラット(SHR)を用いて検討した。【方法】 5週齢の雄SHRを対照群(Sed群)と運動群(Ex群)の2群に分け、Ex群にはトレッドミル運動(速度20 m/分、60分間/日、週6日)を8週間行った。各群の体重および血圧と心拍数をtail-cuff法で測定し、実験最終日に断頭、採血し、脂質および腎機能の血漿パラメーターを測定した。胸部大動脈と腎皮質、髄質外層、髄質内層における、eNOS、nNOSおよび誘導型NOS (iNOS)蛋白発現をイムノブロット法で検討した。また、各組織におけるNOS活性を、分光光度で測定し、NOの代謝産物であるNitrate/nitrite (NOx) 量を血漿と尿中で測定した。【倫理的配慮、説明と同意】 すべてのプロトコールは医学生理学的研究に関する国際指針の勧告の宗旨に沿ったものであり、東北大学医学部動物実験委員会の承認を得て、動物実験取り扱い指針に則して遂行した。【結果】 体重、血圧、心拍数はいずれもSed群に比べEx群で有意に低下した。糸球体濾過量(GFR)の指標であるクレアチニンクリアランスはEx群で有意に高かった。NOS活性は胸部大動脈、腎皮質、髄質外層、髄質内層全ての組織でEx群で有意に高く、血漿および尿中NOxレベルもEx群で有意に高かった。eNOS、nNOS蛋白発現は、いずれの組織においてもEx群がSed群に比べて有意に増強していた(eNOS;腎皮質+155%、髄質外層+286%、髄質内層+72%、nNOS;皮質+94%、髄質外層+347%、髄質内層+168% 各P<0.01)。iNOS蛋白発現は、胸部大動脈や腎髄質において両群間に有意な差は認められなかった。 【考察】 各部位別のNOS蛋白発現量よびNOS活性の検討では、尿細管系が多くを占める内部でより発現が高く、実際、組織免疫染色の検討において、尿細管系でよく染まることを確認している。したがって、腎では血管系よりむしろ尿細管系へのNOの関与が示唆され、本研究での腎におけるNO系の賦活化は、特にナトリウム再吸収抑制作用への関与が考えられる。eNOS発現増強は、主に腎血管系の弛緩により腎血流を増加させ、尿細管でのナトリウム再吸収抑制にも働いたと考えられる。nNOSは特に皮質の緻密斑で発現が高いことが知られ、皮質でのnNOS発現増加は、TGFの抑制やレニン分泌抑制、さらには腎交感神経活性抑制への寄与が考えられる。これらeNOS、nNOSの腎への作用が複合的に降圧作用に寄与したと考えられる。一方、iNOS発現が変化がなかった結果は、運動によりサイトカインなど炎症性ストレスが運動により誘導されなかったことを示唆している。【理学療法学研究としての意義】 運動療法は理学療法において中心的治療法であり、その有効性の機序を明らかにし、エビデンスを高めることは理学療法研究として極めて意義深いものである。本研究では、長期的運動の降圧効果や臓器保護効果を病態モデルを用いて生理学的、組織学的、生化学的手法を用いて多角的に検証し、その機序の一つとして腎NO系賦活化の一部関与が明らかにされたものである。
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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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