理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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専門領域 口述
脳梗塞モデルラットの記憶障害に対するトレッドミル運動の影響
─負荷速度の違いによる検討─
嶋田 悠石田 章真玉越 敬悟中島 宏樹野口 泰司石田 和人
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p. Ae0043

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抄録
【はじめに、目的】 脳血管障害において記憶障害をもたらすことが多数報告されており、これは脳卒中が回復していく過程での機能適応やリハビリテーションの妨げになるといわれている。動物実験において、トレッドミル運動などの持久運動により正常ラットの記憶が強化されることが多数報告されている。しかし、脳梗塞モデル動物の記憶障害に対する運動の効果についての報告はほとんどない。持久運動は脳梗塞後の運動障害に対して効果を有するが、これに加え記憶障害に対するアプローチのひとつとしても考えられ、その最適な運動条件やそれに関わる脳内の変化が明らかにされることで、運動療法の新たな可能性を示唆できる。しかし、このような記憶に対する運動の効果は強度や期間、時期によっても異なると想定される。そこで、本研究では運動条件の一つとしてトレッドミル負荷速度の違いが脳梗塞モデルラットの記憶機能と脳組織に及ぼす影響を検討することを目的とした。【方法】 実験動物には、Wistar系ラット(雄性、7週齢)を用い、麻酔下で左中大脳動脈を90分間閉塞することで脳梗塞を引き起こした。手術翌日に運動機能評価(Neurological Deficits、Ladder Test)により麻痺の有無を確認し、記憶機能評価として物体認識試験を行い各群の記憶機能が同程度になるよう高速度群、低速度群、梗塞群に振り分けた。なお、偽手術を施すsham 群も設けた。高速度群、低速度群には、手術4日後から4週間のトレッドミル運動(30 分間/日、高速度群:22 m/分、低速度群:8 m/分)を行わせ、梗塞群、sham群は同一時間トレッドミル装置内に入れるのみとした。運動期間の最後の5日間(脳梗塞手術後28-33日)に、各群記憶機能評価として、物体認識試験、位置認識試験および受動的回避試験を行った。物体認識試験、位置認識試験では、総探索時間に対する新奇物探索時間の割合、受動的回避試験では暗室に入るまでの時間を記憶の指標とし、これらは試験課題の学習獲得後に計測した。記憶機能評価終了後、各群、経心的に脱血し採取した脳組織にTTC染色を施し、梗塞体積割合を計測した。また、TTC染色後固定しパラフィン包埋した脳組織を用い、抗MAP-2抗体(樹状突起マーカー)、抗synaptophysin抗体(シナプスマーカー)による免疫組織化学染色を行い、それぞれ海馬(歯状回、CA3、CA1)、嗅周囲皮質、扁桃体の染色性を光学濃度により測定した。なお、それぞれ群間の比較には一元配置分散分析を行い、post hoc testとしてTukey’s testを用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は名古屋大学医学部保健学科動物実験委員会の承認を得て実施した(承認番号:023-017)。【結果】 脳梗塞後4週間のトレッドミル運動を行った後の物体認識試験、位置認識試験での総探索時間に対する新奇物探索時間の割合は、梗塞群がsham群に対して有意に減少したのに対し、低速度群では梗塞群に比べ有意に増加したが( p < 0.01)、高速度群では増加しなかった。また、受動的回避試験では、暗室に入るまでの時間が梗塞群はsham群に対して有意に減少したが、低速度群、高速度群ともに梗塞群に比べ有意に増加した( p < 0.01)。梗塞体積割合は梗塞群に比べ低速度群、高速度群ともに減少した( p < 0.05)。さらに、MAP-2染色陽性細胞の光学濃度では、梗塞側海馬の各領域において梗塞群はsham群に比べ減少する傾向となったが、高速度群もsham群、低速度群に比べ有意に減少し( p < 0.05)、非梗塞側CA3、CA1においても高速度群が低速度群に比べ減少した( p < 0.01)。synaptophysin光学濃度では、梗塞側海馬で梗塞群が他の3群に比べ有意に減少した( p < 0.05)。【考察】 脳梗塞モデルラットの記憶障害は4週間の低速度トレッドミル運動により回復が促されたが、高速度トレッドミル運動では回復される種類の記憶とされない種類の記憶があることが示された。これは、受動的回避試験が電気刺激という記憶に対する強い負の強化因子を用いる試験であるのに対し、物体認識試験、位置認識試験は人為的な強化因子を用いない試験であるという違いが影響していると考えられる。また、高速度群で記憶障害の回復が促進されなかったのは、ストレスにより海馬の樹状突起が退縮するという先行研究を参考にすると、高速度群では日々の運動がストレスとなり記憶の形成に重要な役割を果たす海馬で本来期待されるはずであった樹状突起伸展が抑制されたためであると推測される。【理学療法学研究としての意義】 本研究は、脳梗塞における適切な条件の運動療法は運動障害だけでなく記憶障害も回復させる可能性を有していることを示唆する基礎資料をできた。
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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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