抄録
【はじめに】 ニューロリハビリテーション領域において,運動や感覚の障害,身体の存在感を喪失した患者などに対して,それらを再獲得させるためには,身体や運動のイメージ,身体の存在感や運動の感覚,そして実際の身体部位運動,これら三者間の関係をつなげることが重要とされている。ヒトの脳は,視覚や体性感覚といったいわゆる感覚情報により四肢の動きや位置変化を認識する。特に筋からの四肢の動きや位置変化に関する情報は,運動の制御や新しい運動を獲得するために重要な役割を果たす。このことに基づいた理学療法アプローチの一つに,振動刺激を運動感覚再獲得のための促通刺激として用いたものが注目されている。振動刺激により惹起される運動錯覚を運動制御や習熟に応用することは有効であるとされる。これまで,運動錯覚が脳機能へ及ぼす影響については様々な脳機能イメージングによる解析が報告されている。しかし,振動刺激による運動錯覚に関する脳波解析,中でも運動や運動イメージなどにより減衰するμ波に及ぼす影響を報告した研究は我々の知る限りほとんどない。今回,本研究では実際の運動と運動錯覚が脳機能に及ぼす影響を,脳内神経活動の三次元画像表示法であるexact Low Resolution Brain Electromagnetic Tomography(eLORETA)解析により神経活動部位を明らかにし,さらにそれら神経活動部位の機能的連関(Connectivity-based Localization)を解析し検討した。【方法】 対象は運動障害・感覚障害を有していない健常者18名(男性11名,女性7名,平均年齢20.2±3.4歳)であった。安静座位状態での脳波をコントロール条件(安静)として計測後,課題条件として,(1)右上腕二頭筋腱に振動(91.7Hz)を加えた振動刺激条件(振動刺激),(2)閉眼でメトロノームに合わせ,肘関節屈曲90°位から30°/秒にて肘関節伸展(計3秒間)を繰り返し,最終伸展位となる度に計測者は肘関節屈曲90°肢位へ他動的に1秒間かけて屈曲させた自動運動条件(自動運動),(3)感覚刺激のみを与えたときの条件として,右上腕二頭筋上でも腱を外した皮膚に対する振動(感覚刺激)の三条件を設定した。それぞれの条件において,脳波記録は日本光電社製Neurofaxを使用し,国際10-20法に基づき,両耳朶を基準電極としたF3,F4,F7,F8,Fz,C3,C4,Cz,P3,P4,Pz,O1,O2,Oz,T3,T4,T5,T6の18部位より導出し,バンドパスフィルターは0.5~60Hz,サンプリング周波数は128Hzにて脳波計測した。計測時間は,各条件それぞれ1回を60秒間としたが,自動運動のみ他動的に屈曲する時間が計20秒間あるため1回を80秒間とした。それぞれの条件から得られたデータから30エポック(1エポックは2秒間)を抽出し,運動で減衰するとされるμ波を10-13Hz周波数帯域にて算出後,eLORETA解析を行い各施行条件で比較検討した。さらに,eLORETA connectivity解析による振動刺激時のμ波帯域での神経活動部位の機能的連関を検討した。【説明と同意】 対象者全員に対して本研究の主旨および目的を口頭と書面にて説明し,文章にて同意を得た。【結果】 安静時に比較し,他の条件では運動感覚皮質上のμ波が減少した。また,振動刺激と自動運動を比較した結果,運動感覚皮質上のμ波に有意差を認めなかった。さらに,運動野,補足運動野および感覚野の機能的連関において,振動刺激は安静,感覚刺激に比較し運動野と補足運動野の機能的連関が有意に強く,自動運動と比較しても感覚野,左右運動野の機能的連関の強さに有意差を認めなかった。【考察】 本研究では,10~13Hz周波数帯域における運動に関連するμ波での比較検討により,振動刺激が運動感覚皮質へ影響を及ぼすことが明らかとなった。実際に自動運動を行わなくても,振動刺激を与えることのみで運動や感覚を司る脳領域に神経活動を誘発できる可能性が示唆された。さらに,これらの領域に強い神経活動領域間のネットワークが形成されていたことから,これらの脳領域では,振動刺激が自動運動を行っているときと同様の運動感覚情報として入力処理され,運動錯覚を起こしている身体部位再現を形成し運動をイメージしている可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 非侵襲的脳機能計測法であるeLORETA解析は,脳内神経活動の空間的解析のみならず機能的連関についても解析が可能である。本解析を用いて振動刺激が脳内神経活動へ及ぼす影響の検討は本研究が最初である。eLORETA解析が詳細な脳機能解析の一助として理学療法学研究において有用であるとともに,臨床場面での治療への応用として振動刺激が有益であると考えられる。