抄録
【はじめに、目的】 広汎性侵害抑制調節(diffuse noxious inhibitory controls: DNIC)は物理的刺激による疼痛調整機序のひとつで,鎮痛を目的とする部位とは別の部位に与える侵害性の刺激(heterotopic noxious conditioning stimulation: HNCS)がDNICのトリガーになると考えられている。しかし,その生理学的機序については未だ不明な点が多く,根拠に基づく疼痛治療法として確立されるには至っていない。本研究では,片側前腕に侵害レベルまたは非侵害レベルの冷水曝露刺激を与え,脳波にて刺激の侵害性を確認するとともに,刺激部位とは別の部位の熱侵害受容器閾値を測定し,疼痛抑制効果とその持続性について検討した。【方法】 対象は健常成人男性21名(平均年齢21.15±1.09歳)とした。疼痛調整(conditioning)刺激として,左前腕部を侵害温度の10℃の冷水(HNCS群)または非侵害(不感)温度の32℃の温水(sham群)に1分間浸漬,浸漬前後5分間を安静とし,刺激中の熱痛覚強度(HPI-C)を11段階のnumerical rating scaleにて測定した。また,conditioning刺激の侵害性を確認するために,簡易脳波測定装置(Mindset,Neuro Sky社)を用い,脳波を実験中経時的に記録し,周波数解析から疼痛・不快情動の指標となるβ2波(18~29.75 Hz)を抽出してconditioning刺激前と刺激中のβ2波の変化値を算出した。さらに,conditioning刺激前,中,直後,5分後に,疼痛(test)刺激として,温冷型痛覚計(UDH-300,ユニークメディカル社)を用いて右頬部に50~55℃の熱刺激を与え,熱痛覚強度(HPI-T)をNRSにて測定し,conditioning刺激前との変化値を算出した。統計学的解析は,Kolmogorov-Smirnovの適合度検定を用い測定値の正規性を確認したうえで,HPI-Tの経時的変化の検討に一元配置分散分析法およびTukey法を用い,HPI-T変化値とHPI-Cならびにβ2波変化値との相関関係をPearsonの積率相関係数を求めて調べた。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は全対象に対して研究内容,安全対策,個人情報保護対策,研究への同意と撤回について十分に説明し,同意を得たうえで行った。【結果】 conditioning刺激により,HPI-C はHNCS群で6.7±1.8,sham群で0であり,HNCS群でのみβ2波の増加がみられた。HPI-T は,HNCS群でconditioning刺激中と直後で刺激前と比較して有意に低下したが,sham群では有意な変化を認めなかった。また,HNCS群におけるconditioning刺激前と刺激直後のHPI-T変化値とβ2波変化値の間には有意な相関関係(r=0.73)を認めた。conditioning刺激前と刺激中のHPI-T変化値とβ2波変化値の間,および刺激前と刺激中,直後のHPI-T変化値とHPI-Cの間には有意な相関関係は認められなかった。【考察】 HNCS群では,conditioning刺激により疼痛の訴えおよび疼痛・不快情動の指標となるβ2波の増加がみられ,10℃の冷水曝露が侵害刺激であることが確認された。HNCS群で冷水曝露中および曝露直後に曝露部の遠隔部である右頬部の熱痛覚強度が低下したことから,侵害的熱刺激(冷刺激)によって刺激部位を越えて広汎性に疼痛抑制効果が示された。HNCSによる疼痛抑制効果について,従来の報告ではconditioning刺激中における効果の検証にとどまっており,conditioning刺激終了後についての検証は不十分であった。本研究の結果は,conditioning刺激直後においても疼痛抑制効果を示しており,短時間ではあるが,HNCSによる疼痛抑制効果の持続性が示唆された。また,conditioning刺激によって生じる疼痛・不快情動の指標であるβ2波の変化値とHNCS群のconditioning刺激直後のHPI-Tの変化値(疼痛抑制効果)の間に正の相関が認められた。一方,conditioning刺激による疼痛をNRSで評価した主観的疼痛強度(HPI-C)と疼痛抑制効果の間には有意な相関関係を認めなかった。これまで,HNCSを与えた際の疼痛と疼痛抑制効果の間には相関関係がないとされてきたが,従来の報告ではHNCSによる疼痛は主観的疼痛強度でしか評価されておらず,今後,HNCSの疼痛抑制機序を検討するうえで,主観的疼痛強度以外の疼痛評価を用いる必要性が窺える。さらに,conditioning刺激中でなく,刺激直後の疼痛抑制効果でのみconditioning刺激によるβ2波の増加と相関がみられたことから,conditioning刺激中と刺激終了後では疼痛抑制系を作動させる要因が異なる可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 HNCSによる疼痛抑制は,理学療法における応用範囲が広く,その効果の生理学的機序の解明が期待されている。本研究は,HNCSにおける新たな知見を示しており,疼痛に対する理学療法を展開するうえでの一助になりうる。