抄録
【はじめに、目的】 臨床において、重度の下肢筋力低下を起こしている患者に対し、転倒へのリスクなどの観点から平行棒や歩行器を用いた歩行訓練がしばしば行われるが、それら訓練は上肢を使用する傾向が強く、十分な下肢の筋力訓練とならない可能性がある。一方、近年脳卒中や脊髄損傷を対象とした部分免荷トレッドミル(BWSTT:Body Weight Support Treadmill Training)を使用したリハビリテーション(リハ)の報告が数多くみられる。BWSTTは転倒のリスクを排除し、また筋力低下が著しくても、免荷という方法で症例ごとに条件を調整できる特徴がある。今回、術後廃用症候群により重度の筋力低下を呈した患者1例に対し、BWSTTを使用した歩行訓練を実施し、良好な結果が得られたため報告する。【方法】 [症例]70代前半、男性。[既往歴] 平成13年急性A型大動脈解離に対し上行大動脈置換術施行。平成16年遠位弓部拡張に対し弓部置換術試みるも、癒着高度のため断念。平成19年脳梗塞発症。麻痺ほぼなく歩行にて退院。[現病歴] 平成22年8月4日遠位弓部最大径14cmと拡大、手術となる。癒着高度のため、左上葉切除術施行ののち遠位弓部大動脈から下行大動脈にかけてAortic Tailoring施行。術後血腫貯留により酸素化の改善乏しく、術後10日目再開胸血腫除去術施行。術後13日目人工呼吸器抜管。術後18日目リハ開始。開始時より手支えありでの端座位保持は可能だが、手支えなしでの座位保持困難、立位保持困難。術後82日目ほぼ改善なく、さらなるリハ目的で当院へ転院。[訓練内容] 上下肢体幹関節可動域訓練、上下肢体幹筋力訓練、立位訓練、ADL訓練に加え、BWSTTを実施した。BWSTTはBiodex Unweighing System BDX-UWSZを使用し、設定について、免荷量は立位で膝伸展が可能となる免荷量とし、スピードは良姿勢で歩行可能な最大スピード、斜度は0度とした。実施時間は自覚症状および血圧、脈拍を基準に決定した。下肢筋力および歩行能力の改善にあわせ免荷量およびスピードを随時増加させた。[評価項目] 下肢筋力としてHand Held Dynamometer(HHD;μTasF-1)にて測定した最大等尺性膝伸展筋力およびその値を体重で除した値を、歩行についてはFIMにて評価した。評価時期は概ね2~3週間隔とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本症例に発表の意義と目的について十分説明し同意を得た。【結果】 [BWSTT設定] 開始時:70%免荷、スピード0.6km/h、実施時間3分。3週後:40%免荷、スピード0.6km/h、実施時間3分+4分。11週後:免荷なし、スピード0.7km/h、実施時間15分。13週後:免荷なし、スピード0.7km/h、実施時間20分。[下肢筋力および歩行能力] 開始時:下肢筋力4.4kgf、体重比8.6%、歩行FIM1。3週後:下肢筋力4.5kgf、体重比8.6%、歩行FIM1。5週後:下肢筋力5.1kgf、体重比10.1%、歩行FIM1。7週後:下肢筋力4.7kgf、体重比9.1%、歩行FIM4(歩行器)。10週後:下肢筋力7.8kgf、体重比14.3%、歩行FIM6(歩行器)。13週後:下肢筋力8.7kgf、体重比16.1%、歩行FIM6(歩行器)。15週後:下肢筋力9.5kgf、体重比17.6%、歩行FIM6(杖)。術後205日、当院でのリハ開始より17週にて歩行にて自宅退院となる。【考察】 本症例は術後筋力の改善が不良であったが、当院でのリハ介入初期においてBWSTTを施行しても改善は見られなかった。BWSTTの実施時間を増加させた頃から徐々に筋力の改善が見られ、それに伴い起居動作レベルが改善し、歩行可能となった。脳卒中や脊髄損傷を対象としたBWSTTについては免荷量40%以下、実施時間20分以上の報告が多い。しかしながら本症例においては、免荷量は70%より開始しており、症例の自覚症状およびリスク管理の観点から十分な連続実施時間を得ることができなかった。BWSTTは免荷量、斜度、スピード、実施時間の4変量によって運動処方を行うものであるため、どの要素が改善に影響を与えたかを今回の報告から検討することは困難であり、また、BWSTTについては一般化されたプロトコルがないため、今回の結果を他の報告と比較することも困難である。しかしながら今回のBWSTT設定は自重を用いた最大筋力訓練の要素があったため、実施時間の増加が筋力の改善につながった可能性はあると思われる。今回の報告の限界として、同程度の症状のBWSTT非実施の症例と比較していないこと、栄養療法を含めた他介入要素の影響を検討していないことが挙げられる。【理学療法学研究としての意義】 本研究は1症例ではあるものの、今後、筋力低下著明な廃用症候群の患者に対して、新たな介入手段としてBWSTTという選択肢を検討するきっかけになりうると考える。