抄録
【はじめに】 脳性まひへのA型ボツリヌス毒素(以下BTX‐A)の上肢への投与が認可され、体幹、上肢へのBTX‐A投与と理学療法(以下PT)により臨床像が改善した症例を経験したので報告する。【方法】 BTX‐A投与と集中的なPTを実施したジストニックアテトーゼ型脳性まひ1症例について入園期間中のPT経過と臨床像、座位でのCobb角の変化から症例報告を行う。<症例>11歳4ヶ月の男児、GMFCSレベル5。在胎24週692gにて出生。入園期間は2010年10月から6ヶ月間。入園期間中は週5回から6回のPTを実施した。入園時は発声や介助に対し容易に右体幹短縮、腰背部過伸展、右股関節伸展、内転、内旋スパズムが出現し、急激に全身は非対称に反り返り、どの姿勢も落ち着いて保てなかった。また知的に高く活動意欲が旺盛で会話を好み、全身が過緊張に継続的に固定され、車椅子で落ち着いて座位を保てなかった。上肢は覚醒時常に挙上、後退位となり、机上に置いておく事や介助を受ける事が困難であった。右肘関節には-70°伸展制限を認めた。ADLは全介助で、介助協力も難しく介助負担は大きかった。脊柱レントゲン画像では腰椎左凸Cobb角60°であった。入園目標は車椅子坐位を落ち着いて保ち、将来の電動車椅子の導入に向けた上肢の操作性を獲得する事とした。BTX‐A投与は全身のスパズムと過緊張が継続し施注筋の特定が難しく、集中的なPTでの変化を評価し検討する事になった。<経過>左側臥位で右体幹短縮、腰背部過伸展、右股関節伸展、内転、内旋を修正しスパズムを緩和し、右上肢前方への自発的な動きを援助し、体幹正中位の安定性を高めた。入園3ヶ月後には車椅子坐位で安静時に上肢を下制して保持可能となった。この変化からBTX‐A投与は、安静時でも筋緊張の高い左大菱形筋、左小円筋、両僧帽筋上部繊維、両上腕二頭筋、両母指内転筋とスパズムを有する両脊柱起立筋腰椎部に全身麻酔下で施注した。施注翌日より上肢の可動性改善、右体幹短縮と腰背部過伸展のスパズムの軽減を認めた。端坐位にて上肢の分離運動を援助し、巧緻的な上肢活動の中で積極的に腹部筋群の筋活動を賦活し背面筋との協調的筋活動による体幹正中位での安定性と上肢活動に必要な姿勢制御を促した。【倫理的配慮、説明と同意】 今回の報告に関して、当センターの倫理委員会の条件を満たし、ご本人とご家族の了承を得た。【結果】 BTX‐A施注後3ヵ月経過した退園時、スパズムの出現が緩和し落ち着いて背臥位、腹臥位を保持する事や介助座位、介助立位が可能となった。車椅子でも上肢を机上に下制し落ち着いて姿勢を保持する事が可能となった。また上肢使用時のスパズムの出現と上肢の過緊張が緩和し、環境設定にてスイッチ操作が可能となった。右肘関節伸展制限は0°となった。ADLではスプーン操作が介助下で可能となり、移乗時に介助立位が可能となり、介助負担が軽減した。脊柱レントゲン画像では胸椎右凸Cobb角18°へと変化した。【考察】 症例は早産低体重で出生したジストニックアテトーゼで脳室周囲白質軟化症に伴う体幹の低緊張と、全身を非対称に固定するスパズムの出現によって姿勢制御の基盤となる体幹の正中位指向の発達が著しく阻害されていた。加えてスパズムにより全身を非対称に固定し発声や随意運動を可能とする運動経験が繰り返され、全身が継続的な過緊張状態に陥ったと考えた。PTでは一貫して上肢の随意運動の成功を援助し、その中で体幹の正中位安定性を高め姿勢制御を促すことを進めた。結果として、BTX‐A施注前のPTではスパズムが軽減、上肢の過緊張が緩和し、全身に影響を及ぼすスパズムを有する筋と過緊張が継続する筋が特定され、より効果的なBTX‐A施注が可能となったと推測した。BTX‐A施注により上肢の可動性が拡大し、スパズムによる姿勢の崩れが緩和され、上肢活動と姿勢制御を促しやすい身体状態が準備された。その後、より巧緻性の高い上肢活動を用い上肢の過緊張やスパズムの出現を自ら調節することと腹部筋群の筋活動を賦活し背面筋との協調的筋活動による姿勢制御を促すPTを集中的に展開できたことで臨床像の改善につながったと考えた。施注後6ヶ月経過時点でも上肢使用時に安定して車椅子座位を保てている。これは、BTX‐A施注とその後のPTで姿勢制御と上肢活動を促し運動学習ができた結果と考えた。【理学療法学研究としての意義】 本症例から、集中的なPTとBTX‐A治療を併用することで運動学習が行いやすい身体状態を作り出し、姿勢制御や上肢機能の向上を促せる可能性が示唆された。