抄録
【はじめに、目的】 近年、歩行周期における足関節底屈モーメント等の計測を行うことのできる川村義肢社製Gait Judge System(以下GJ)により、臨床場面において歩行動作の定量的な評価が可能となってきた。GJでは短下肢装具Gait Solution(以下GS)の油圧ユニットに生じるモーメントを計測することで歩行時のロッカーファンクションを波形で表示し、ヒールロッカー・フォアフットロッカーをそれぞれファーストピーク(以下FP)・セカンドピーク(以下SP)と呼ぶ。当院では2010年よりGJ による脳卒中片麻痺患者の評価・計測を行ってきた。本研究の目的は、当院で計測したデータからFP・SPの出現傾向と下肢Brunnstrom recovery stage(以下BRS)の関係を明らかにすることである。【方法】 2010年8月~2011年10月に当院に入院し、GJで計測を行った脳卒中片麻痺患者37名を対象とした。平均年齢は73.7±9.52歳、発症からの経過月数は4.3±1.9か月、BRSの内訳は2が4名・3が11名・4が5名・5が8名・6が9名であった。計測データは麻痺側下肢へ計測用短下肢装具Gait Solution Design(以下GSD)を装着し、10mの快適歩行で波形の安定した3歩行周期分を対象とし、FPおよびSPそれぞれの平均値を算出した。その結果、FP・SPともに出現しない群をA群、FPは出現するがSPは出現しない群をB群・FP・SPともに出現しトルク値はFP>SPである群をC群、FP・SPともに出現しトルク値はFP<SPである群をD群とし、4群間のトルク値およびBRSとの関係を調査した。統計学的手法にはクラスカル・ウォリス検定と多重比較を用い、有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は所属施設長の承認を得て、対象者に口頭にて説明し同意を得た。【結果】 対象者全体の平均値は、FP1.44±1.26Nm、SP0.24±0.62Nmであった。FPの平均値はB群で1.82±0.94Nm、C群で2.05±1.29 Nm 、D群で1.4±1.57 Nm 、SPの平均値はC群で0.55±0.29 Nm 、D群で1.5±1.49 Nm となった。37名中、FPの出現していない者が8名で、SPの出現していない者が26名あった。BRSで分類すると、A群は2が2名・3が2名・4が2名・5が1名・6が1名、B群は2が2名・3が7名・4が2名・5が4名・6が2名、C群は3が1名・4が2名・5が2名・6が3名、D群は6が4名となった。FP・SPの出現傾向とBRSとの関係ではA群とD群、B群とD群において有意差を認めた。【考察】 今回の調査結果より、A群とB・C群間において有意差を認めなかったことから、麻痺側下肢BRSはFPの出現機序と関連が低いものと推察される。ここで注意すべきこととして、A群に分類された症例の多くは、トレーニング時には計測用GSDに比べ剛性の高いGSプラスチックタイプ、もしくは金属支柱 タイプを使用していた点がある。計測用GSDは油圧が3に固定された状態であるため、A群に分類された多くの症例において、計測時に装具の剛性不足によりイニシャルコンタクト~ローディングレスポンスにおいてFPを出現させるための膝関節と足関節のアライメントを得ることが出来ず、このことがFPの出現しない要因となっていた可能性が考えられる。現在、計測用GSDの油圧の調整が可能となり、またGSプラスチックタイプや長下肢装具においても測定が可能となるなど、症例の下肢機能に応じた評価を行うことが可能となってきており、今後も継続した評価を行うことでA群の分布に関しては新たな傾向が見られる可能性があるものと思われる。一方、A群とD群、B分とD群において有意差を認めたことから、SPの出現機序とBRSには関連があり、SPを出現させる上で麻痺側下肢の分離運動が大きな要因の一つであることが示唆された。SPを発生させるためには、ターミナルスタンス~プレスイングにかけて麻痺側の股関節と膝関節を伸展位で保持する必要がある。しかし脳卒中片麻痺患者の歩行動作の特徴として立脚後期での股関節伸展運動の不足が挙げられるように、下肢の分離運動の低下した場合はこの姿勢をとることは難易度が高い。このことから、SPを発生させるためには一定以上の分離運動を獲得していることが必要となると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 本研究はGJで得られるFP・SPのデータの特性と麻痺側下肢機能の関係を明らかにしたものであり、片麻痺患者の歩行能力の評価のため使用機会が増えつつあるGJの効果判定基準に大きな影響を与えるものであると考える。