抄録
【はじめに、目的】 回復期病棟の目的は日常生活動作(activities of daily living;ADL)の向上であり、理学療法介入においてADLの目標設定が必要となる。しかし、脳卒中患者では障害像が多彩であり、目標設定の選択肢は多岐にわたる。さらに脳卒中患者では日常生活の自立度もさまざまであり、目標とするADLを考える際に日常生活の自立度も考慮する必要がある。辻ら(1996)は、functional independence measure(FIM)運動項目合計50-69点の半介助群が臨床上最も問題になると報告しており、FIM運動項目40点以上の場合、介助量から見て自宅復帰の可能性が高まるとしている。そのほかに鈴木ら(2004)は、入院時FIM運動合計33点以上は、ほぼ良好な予後が期待できるとし、戸島ら(2001)は、FIM運動項目合計点67.3点と77.5点の間に自宅退院可能の境界があったと報告している。以上の報告から辻らの報告にある半介助群(50-69点群)を対象に着目すべきADLを検討することは有意義であると考える。そこで、今回半介助群に該当する脳卒中患者を対象に70点以上に改善した症例と70点未満のままであった症例に分け、改善の見られた症例ではどのようなADL項目が改善しているかを検討した。その結果から半介助群において着目すべきADL項目を見出すことを研究目的とした。【方法】 対象は、2008年11月から2011年3月までのA病院回復期リハビリテーション病棟脳卒中患者238名のうち、以下の1から3に該当するものを除外した48名とした(脳出血14名、脳梗塞33名、くも膜下出血1名)。1.発症から入棟までの期間が61日以上経過した症例(13名)、2.入棟時FIM運動合計が50-69点以外であった症例(160名)、3.データ不備のあった症例(17名)。情報収集は後方視的に診療録等から疾患名、基本情報(年齢、発症から回復期病棟入棟までの期間、回復期病棟入棟期間、発症から退院までの期間)、FIM(18項目)を収集した。解析は、対象を改善群(退院直近FIM運動合計が70点以上)と非改善群(退院直近FIM運動合計70点未満)に分け、基本情報とFIM利得(18項目)を用いて2群比較を実施した。その際、正規性を示したパラメトリックデータに対しては対応のないT検定、正規性を示さなかったパラメトリックデータとFIM利得(18項目)に対してはU検定を実施した。その後、改善群に関与したFIM利得の項目を検討するためロジスティック回帰分析を実施した。従属変数を改善・非改善とし、独立変数を2群比較の結果p<0.01を示したFIM利得の3項目(排泄管理、浴槽移乗、階段)とした。なお、多重共線性を確認するために独立変数間の相関関係を検討し、相関係数0.38以下であったため独立変数の削除は行わなかった。最後にロジスティック回帰にてモデルに採用された項目の入棟時の状況を確認するために入棟時FIMを確認した。【倫理的配慮、説明と同意】 後方視的研究となるため、個人情報の取り扱いに十分に留意した。また、当院倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】 2群比較の結果、基本情報で有意差を示したものはなかった。FIM利得にて有意差を示した項目は排尿管理・浴槽移乗・階段(p<0.01)、清拭、更衣下衣、排便管理、歩行、記憶(p<0.05)であった。ロジスティック回帰の結果、モデルに採用された項目は排尿管理、浴槽移乗、階段であった(p<0.01)。オッズ比(信頼区間)は、排尿管理3.30(1.28-8.53)、浴槽移乗3.88(1.34-11.26)、階段2.91(1.06-8.03)であった。これらの項目の入棟時FIM(中央値)は、浴槽移乗では改善群4、非改善群4、階段では改善群1、非改善群1、排尿管理では、改善群5、非改善群6であった。【考察】 ロジスティック回帰の結果から排尿管理・浴槽移乗・階段が抽出された。その中で、排尿管理の入棟時FIMは両群とも5点以上であった。FIM5点は失敗が月1回未満であり、両群とも自立度は比較的高かったと考える。一方、浴槽移乗と階段はともに身体介助を要し、介助量が多い状態であった。これら入棟時の状況を加味すると入棟時に自立度の高い排尿管理より浴槽移乗、階段に着目すべきと考える。さらに入浴関連では清拭利得・更衣下衣利得、移動関連では移動利得が2群比較で有意差を示した。したがって、半介助群(FIM運動合計50-69点)では入浴関連動作や移動動作が着目すべき項目であると推察した。これらの項目に関して、辻ら(1996)は入浴動作はFIM運動合計70点以上でも介助を要し、歩行・階段は80点以上で自立すると報告している。これらを加味すると、移動や入浴関連動作は自立に至る以前(FIM運動合計50-69点)から改善しており、この時期から着目していく必要があることが推察された。【理学療法学研究としての意義】 FIM運動合計50‐69点の脳卒中患者において、着目すべきADL項目を示唆することができ、目標設定の一助となる結果が得られた。