抄録
【目的】 脳性麻痺者は痙縮の影響により、姿勢保持や歩行、基本動作・ADL動作など主に立位場面において困難を強いられる場合が多く、特に立位姿勢場面では姿勢を制御しながらの動作場面などが挙げられる。現在のところ治療法として、整形外科的治療(筋解離術や腱延長術など)や投薬治療(ボツリヌス毒素注射)、運動療法や装具療法が選択されている。当院では脳性麻痺者に対して、痙縮をコントロールする目的で整形外科的選択的痙性コントロール手術(Orthopaedic Selective Spasticity - Control Surgery、以下OSSCS)を行っている。術後は痙縮の変化より身体の筋活動への変化につながり、身体活動のフレームワークの再構築が目的となる。その意味で術後や投薬後の後療法として、リハビリテーションは重要な役割を担っている。立位場面で考えた場合、これまでの下肢の支持状態から変化し、支持活動の再構築を行うことになる。筋活動の変化は直接的に立位市営制御の変化につながる。その中で定量的に立位バランスを評価し、姿勢制御の変化を捉え、より活動的で効率的な状態を促していくことは必要である。今回、当院にて下肢OSSCSを施行した脳性麻痺者の入院時及び退院時に重心動揺検査し、術後の理学療法について考察した。【方法】 対象者は当院にて下肢OSSCSを施行した脳性麻痺者6名(男性4名・女性2名、年齢11.0±5.9歳、入院日数47.0±14.8日)。施行した下肢OSSCSでの主な解離筋はハムストリングス中枢及び末梢部(大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋)、腓腹筋、長腓骨筋、長趾屈筋、後脛骨筋であった。入院中のリハビリとして、理学療法を毎日実施した。術後経過として、手術翌日よりベッドサイドにてリハビリテーションを開始した。術後3週よりSLB装着にて両下肢への荷重開始し、立位・歩行練習を行った。計測は入院時および退院時に重心動揺検査を行い、5m歩行時間及び歩数を測定した。重心動揺検査は、対象者が裸足で両足内側を接して直立し、2m前方の目の高さに固定した小さい指標を30秒間注視した状態で重心動揺計(ZEBRIS Win-PDM)用いてサンプリング周波数50Hzにて測定した。計測パラメータはスタティック分析として単位軌跡長及び実効値面積を算出し、入院時と退院時でpaired T Testにて比較・検討した。有意水準は5%未満とした。またパワーベクトル分析として位置ベクトル及び速度ベクトルを算出し、8方向ベクトルグラフより分析した。【説明と同意】 対象者及びその家族には、本研究の目的と趣旨、倫理的配慮を十分説明した上で、書面にて同意を得て計測を行った。【結果】 5m歩行時間は全症例にて、入院時に比べ退院時で有意に短縮し、歩数においても有意に減少した。スタティック分析では単位軌跡長・実効値面積において、全症例で入院時に比べ退院時で有意に減少した。パワーベクトル分析では位置ベクトルにおいて、全症例で入院時に比べ、退院時は左右方向への対応が増大した。また速度ベクトルにおいて全症例で入院時は左右方向への対応が大きいが、退院時は前後方向への対応も増大した。【考察】 歩行時間の短縮や歩数の減少は、歩行能力の改善として認められ、治療効果を示す一つの指標である。単位軌跡長の減少は立位時の重心動揺量の減少を示し、実効値面積の減少は重心動揺範囲の狭小化とより細やかな姿勢制御への変化を示した。またこれらのスタティックパラメータの変化は立位時におけるバランスの安定性の向上を表し、パワーベクトルは立位バランスの対応を方向と速さで表す。位置ベクトルの左右方向の増大は左右の動揺の対応を示し、左右方向の制動を行うための方略への変化を示した。速度ベクトルの前後方向での増大は、前後の重心動揺に対する速い対応の変化を示した。これらの変化は立位時の両下肢への十分な荷重や両下肢間での円滑な重心移動に影響していると考えた。よって術後の理学療法プログラムの中で、両下肢への十分な荷重練習はもちろん、左右方向の重心移動や前後方向の速い対応を立位バランス練習の中で促していく必要性があると考えた。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果より術後の脳性麻痺患者において立位バランスの安定性向上と姿勢制御の方略の変化を確認できた。それに合わせた理学療法を考えることは必要である。重心動揺検査はリハビリの経過を評価する上で簡便かつ有効なものである。今後は重心動揺検査を経時的に行い、経過の中で姿勢制御の変化を確認し、その変化にあわせた理学療法のプログラムを検討していくことがより効率的なリハビリテーションにつながると考えた。