抄録
【はじめに、目的】 脳卒中後片麻痺者の下肢荷重量は非麻痺側に偏倚するため、姿勢制御が制限される。Shumway-Cookらは姿勢制御に問題がある場合、本人が認識する安定性限界は変化し、実際の安定性限界に一致しないと指摘している。このことから、片麻痺者における安定性限界の認識は動作や姿勢制御に影響を与えている可能性が考えられる。実際、Engardtらは片麻痺者の立ち上がり動作における両下肢の荷重量が対称になるよう意識させることによって、非対称性が減少したと報告しており、荷重量の認識により実際の荷重動作は変化することが示唆される。つまり、荷重量を実際より小さく認識している場合にはその下肢の運動への関与が制限されうると考えられるが、荷重量の認識と動作との関連は明らかになっていない。したがって本研究は、荷重量に対する認識と実際の荷重量の誤差の有無を明らかにし、その誤差と実際の動作との関連を検討することで、それぞれが動作に与えている影響を調べることを目的とした。【方法】 対象は発症後6か月以上経過し、独歩可能な脳卒中後片麻痺者26名(平均年齢57.4±11.2歳、男性13名、女性13名、右麻痺14名、左麻痺12名、下肢Brunnstrom Stage3~6)とした。計測機器はKistler社製床反力計もしくはフィンガルリンク社製Winpodを用い、各下肢に加わる荷重量を測定した。サンプリング周波数は床反力計では1000Hz、Winpodでは10Hzとした。測定課題は、立位における麻痺側・非麻痺側への最大荷重量、および立ち上がり動作の2つとした。まず、対象者に課題を説明した後、立位で麻痺側・非麻痺側にどの程度荷重が可能か質問し、体重に対する百分率で答えさせ、これを認識値とした。実測値の測定は前方注視、足幅は肩幅、両足底は接地させた状態で、麻痺側・非麻痺側へ2回ずつ5秒間最大荷重させた。麻痺側・非麻痺側それぞれで、動作が安定した3秒間の平均荷重量を求め、両側の荷重量に対する百分率で表した。統計処理は、Wilcoxonの符号付順位検定を用いて認識値と実測値を比較した。立ち上がり動作は、快適速度と最大速度の2条件で2回ずつ測定した。立ち上がり開始を安静座位時の平均荷重量の1.5倍となった時点、立ち上がり終了を荷重量が最大となった時点とし、2回の動作から最大荷重量と動作時間の平均値を求めた。最大荷重量は、立ち上がり終了時の麻痺側、非麻痺側の荷重量、および両側の合算をそれぞれ静止立位時の荷重量で除した値で表した。統計処理は、Spearmanの相関係数を用いて荷重の認識値、実測値と、立ち上がり動作の最大荷重量、動作時間との関連を検討した。本研究で用いた有意水準はすべて5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 各対象者に測定方法および本研究の目的を説明した後、書面にて同意を得て行われた。【結果】 立位の最大荷重では、麻痺側において実測値より認識値が有意に低かった(p<0.01)が、非麻痺側の認識値と実測値には有意差は得られなかった。荷重の認識値は、両側ともに立ち上がりの最大荷重量や動作時間と相関が得られなかった。実測値は、快適速度での最大荷重量(両側:r=0.60、p<0.05)、および最大速度での最大荷重量(両側:r=0.70、p<0.01、麻痺側:r=0.58、p<0.05)と正の相関、快適速度の立ち上がり時間と負の相関(r=-0.76、p<0.01)が得られた。【考察】 麻痺側における荷重量の認識値は実測値より低かったことから、片麻痺者は麻痺側では荷重量を低く見積もることが示された。しかし、この荷重量の誤認識は、立ち上がり動作時の麻痺側の荷重量および動作時間と関連していなかった。一方、荷重量の実測値が大きいほど立ち上がり動作における最大荷重量は大きく、動作時間は短かった。以上の結果から、荷重量に対する認識の誤差は麻痺側において生じているが、立ち上がり動作にこの誤認識は影響せず、実際の荷重量のみが影響を与えていたと考えられた。Boydらの片麻痺者における研究では、記憶として蓄積される顕在的知識は運動の向上として表れる潜在的学習には有用でないと報告されている。したがって、身体運動の改善に対して、その運動についての正確な宣言的認識が必ずしも必要ではないとことが推察された。【理学療法学研究としての意義】 脳卒中後片麻痺者の理学療法において、本人の動作に対する認識が着目されることがあるが、動作能力を向上させるためには、認識ではなく実際の動作そのものを改善させる必要があると考えられる。