理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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遠位空間において顕著な左半側空間無視が認められた一症例
渡辺 光司小牧 俊也鈴木 春華大竹 政充
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p. Bb1408

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抄録

【はじめに】 近年、半側空間無視について、手の届く範囲(以下、近位空間)でのみ顕著に無視する症例や、身体から遠い空間で手の届かない範囲(以下、遠位空間)でのみ顕著に無視する症例が報告されている。また、この現象が、机上検査と日常生活場面上の解離を生じさせる一因ともされている。今回、我々は、Bertiらの方法を参考に、近位空間と遠位空間に対して半側空間無視の課題を行った結果、遠位空間において顕著な無視が認められた一症例を経験したので報告する。【症例紹介および方法】 症例 80代、女性、中枢神経原発悪性リンパ腫(以下、PCNSL) 入院前、視野狭窄を自覚され、身体も左への傾きが強くなり歩行困難となった。当院受診し上記疾患を診断され入院となった。MRI所見はT1ガドリニウム造影(以下、T1Gd)にて右中脳、右側頭葉内側、右視床、右基底核にかけて造影が認められた。当初、左片麻痺、左同名半盲、左半側空間無視、認知機能低下を呈し、日常生活動作全般に介助を要した。治療はメトトレーキサート大量療法、放射線治療が行われた。治療開始105日後、治療前にMRI所見にてT1Gdで認められた造影はほぼ消失されており寛解が確認された。左片麻痺、左同名半盲はほぼ消失し独歩自立となった。認知機能低下は軽度残存した。(MMSE22/30点)左半側空間無視も残存した。(BIT通常検査91/146点)日常生活場面として、机上やベッド周囲の視対象を見落とすことが無くなったが、歩行中の左側対象の見落とし、左側への衝突が残存した。(Catherine Bergego Scale;CBS5/30点) 本症例に対し、二つの条件下で近位空間として50cm、遠位空間として100cmの距離に直線を提示し線分二等分課題を行った。直線は近位空間ではA3用紙に20cm直線、遠位空間ではA3用紙に40cm直線を印刷した。一つめの条件はリーチング条件で、近位空間に対して二等分点を手指で直接指し示し、遠位空間に対しては100cmの指示棒の先端で指し示した。二つめの条件はポインティング条件で、両空間に対してレーザーポインターを使用して二等分点を指し示した。そして、中点からの距離を測定し変位率を算出した。〔変位率=変位距離(mm)/近位空間100mmまたは遠位空間200mm〕。課題は日にちを変えながら3回実施し、変位率の平均±標準偏差を算出し結果とした。【倫理的配慮、説明と同意】 ヘルシンキ宣言に準拠し、研究報告にあたって患者様とご家族に対して説明し同意を得たうえで実施した。【結果】 リーチング条件の変位率は近位空間6.0±0.8%、遠位空間60.3±3.7%、ポインティング条件の変位率は近位空間5.3±1.2%、遠位空間44.3±10.5%となった。【考察】 本症例の原発巣はPCNSLの好発部位の一つで、脳深部の病変であり進行例も多いなどから、治療が奏功しても高次脳機能障害等の神経脱落症状を残してしまうことが多い。本症例もPCNSL寛解例ではあるものの認知機能低下や左半側空間無視といった高次脳機能障害が残存した。今回の結果では、リーチング条件、ポインティング条件のどちらの条件下でも左半側空間無視は近位空間にくらべ遠位空間において顕著に無視が認められた。日常生活場面においては、机上やベッド周囲での見落としはほぼ無いものの、歩行中の左側対象に見落としや左側への衝突が残る傾向となった。これは歩行中の障害物回避等に対する視覚情報処理においては遠位空間での表象が主に活用されていることを示唆する報告と一致する結果である。本症例においても、遠位空間の無視が顕著であったことと、机上やベッド周囲より歩行場面を中心に見落としが目立ったことの関連が示唆された。視覚情報処理経路は、元来、第一次視覚野から頭頂葉の経路である視覚対象の空間位置の知覚に関わる背側経路と、第一次視覚野から側頭葉の経路である対象の認識に関わる腹側経路が知られている。また近年の報告では背側経路が近位空間、腹側経路が遠位空間との関係性が示されている。本症例の主病巣は側頭葉周辺であったことから、腹側経路を中心とした視覚情報処理経路が障害されたことで、遠位空間において顕著な半側空間無視が発現されたのではないかと推察される。これらの点について、今後、統計学的手法も含めた検証をしていきたい。【理学療法学研究としての意義】 半側空間無視については、いくつか下位分類化されているが、病巣・画像所見との関連や、日常生活場面との関連を検討重ねることによって、理学療法場面においても有用な情報を与えてくれることと期待される。

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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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