理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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一般演題 ポスター
半側空間無視に対する前庭電気刺激の刺激方法による即時効果の違い
─2症例による予備的研究─
中村 潤二喜多 頼広生野 公貴徳久 謙太郎庄本 康治
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p. Bb1410

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抄録

【はじめに、目的】 脳卒中治療ガイドライン2009では半側空間無視(unilateral spatial neglect: USN) へのリハビリテーションとして,カロリック刺激,頸部への振動刺激などの感覚刺激が勧められている。これらのうち,カロリック刺激は冷水や温水を耳から注入することで,注意処理機構の変化を引き起こし,USNを改善させるとされている。しかし,カロリック刺激は,実施時にめまいなどを起こし,不快感を与えるため,副作用の影響が大きい。一方,カロリック刺激と同様の前庭器官の刺激方法として前庭電気刺激(Galvanic Vestibular Stimulation: GVS)がある。GVSとは両側の乳様突起に直流電流を通電することで前庭神経を刺激する電気刺激法である。近年,GVS実施中に線分二等分試験を行うことで,USNの即時的な改善を示した報告がなされている。GVSは非侵襲的であり,感覚閾値以下の刺激強度であってもUSN症状に効果があったという報告もあり,対象者への負担も少ない。しかし,先行研究ではGVS実施中に空間無視に対する検査を行い,その効果を報告しているものが多く,実施後の即時的効果や持ち越し効果,極性の違いによる効果の違いを報告したものは少ない。そこで本研究の目的は,GVSの効果の検証の予備的研究として,USN患者2症例に対して,GVSを実施した際の極性による即時効果,持続効果の違いを調査することとした。【方法】 症例1は右被殼出血により左USNを呈した70歳代の女性で,発症後240日を経過していた。症例2は右中大脳動脈の梗塞により左USNを呈した60歳代の男性で,発症後143日を経過していた。両症例ともコミュニケーションは良好であり,指示理解も可能であった。しかし,症例1は呼び掛けに対しても頸部が中間位を超えて左回旋することがなく,症例2よりも重度のUSNを呈していた。GVSは両側の乳様突起に自着性電極を貼付して行った。刺激には直流電流の連続波を用いた。刺激強度は感覚閾値の70から90%とした。刺激時間は20分間とした。刺激肢位は車椅子坐位とした。刺激条件は左乳様突起を陰極,右乳様突起を陽極とする左GVSと右を陰極,左を陽極とする右GVSを用いた。また,症例2には電気刺激の知覚後に強度を0mAにするSham刺激を行った。各刺激条件の間には24時間以上の間隔を設けた。評価項目は線分抹消試験,線分二等分試験を用いた。線分抹消試験は36本の線分を抹消できた数を測定した。線分二等分試験は20cmの線分を等分し,中央から逸脱した距離を測定した。評価は各評価ともGVS前,GVS開始から10分後,GVS終了後,終了後から24時間後に行った。評価結果は介入終了後まで伝えないようにした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の目的について説明を行い,同意書に署名を得た。尚,本研究は研究実施施設長の許可を得た上で実施した。【結果】 線分抹消試験は右GVSでGVS前,GVS中,GVS後,24時間後の順に症例1では4個,11個,4個,12個となり,左GVSでは12個,15個,13個,14個となった。症例2では右GVSで18個,19個,19個,18個となり,左GVSでは13個,19個,25個,18個となった。Sham刺激では21個,18個,18個,15個であった。線分二等分試験は症例1では右GVSで95mm,91mm,65mm,68mmであり,左GVSでは68mm,27mm,10mm,77mmであった。症例2では右GVSで73mm,64mm,78mm,62mmであり,左GVSでは55mm,63mm,50mm,53mmであった。sham刺激では59mm,76mm,65mm,70mmであった。GVS後,症例1では電極設置部位に軽度の痒みが生じたが,数分後に消失した。いずれの症例もめまいなどの副作用はみられなかった。【考察】 症例1,2共にGVS中だけでなく,GVS後においても各評価に改善を認め,特に左GVSにおいて改善を認めた。また,いくつかの項目で24時間後においても改善が持続しており,sham刺激では改善を認めなかった。健常者において,左GVSは頭頂-島前庭皮質などの前庭皮質領域を両側性に活動させることが報告されている。前庭皮質機構は視覚や前庭感覚,頸部からの固有受容感覚などの感覚を統合し,空間座標の形成に働くとされており,USN患者ではこれらの障害があることが示唆されている。KathrinらはGVSにより前庭皮質を中心に,広範囲に大脳皮質の活動を高めることで無視を改善させる可能性があるとしており,左GVSは頭頂-島前庭皮質を中心とした大脳皮質の活動性を高めることでUSNに対して効果がある可能性がある。しかし,本研究はわずか2症例での調査であり,さらなる症例数の蓄積や反復治療の効果などを調査する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 USNに対する治療として報告されているカロリック刺激はめまいなどの副作用が強く,理学療法士が実施することが困難な方法である。それに比べてGVSは副作用が少なく,簡便に実施することが可能な方法である。今回はわずか2症例ではあるが,左乳様突起を陰極としたGVSにおいて改善がみられおり,USNに対する新たな治療法となる可能性がある。

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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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