抄録
【はじめに】 脳卒中患者の麻痺側機能に対する神経筋再教育の治療法として,近年Mirror Therapy(MT)が注目されている.MTは使用機器が安価であり重度麻痺にも応用できることから臨床的価値は大きい.そこで本研究ではMTが脳卒中患者の麻痺側足関節背屈機能の改善に有用であるか,Single Case Designを用いて検討することを目的とする.【症例】 対象は,当院へ入院となった脳卒中片麻痺症例2例とした.いずれも発症後期間1か月以内,Brumstroum Recovery stageIV以下,感覚障害軽度鈍磨であり,意識障害,高次脳機能障害を認めなかった.【説明と同意】 対象例には研究の趣旨を説明し同意を得た.【方法】 研究デザインはA-B-A-B デザインとし,独立変数をMTの有無,従属変数をFTD(Floor Toe Distance)とした.従属変数としたFTDは足関節自動背屈運動時の母趾爪の移動距離とした.測定にあたっては近位関節代償運動や足部内外反運動が可能な限り出現しないようにした.FTD測定と合わせてMT施行中・後に患者の内省報告を聴取した.FTD測定は運動療法終了後に行い,測定は週5回とした.治療は第1基礎水準測定期,第1操作導入期,第2基礎水準測定期,第2操作導入期に分けて行った.A1期は麻痺側下肢へ抵抗運動と基本動作練習を施行した.A1期はFTD向上が芳しくないと判断されるまで行った.B1期はA1期の運動療法と,MTを1日100回,週5日間行った.MT実施方法は,両膝関節屈曲70°椅子座位にて下腿部を露出し,鏡を両下肢間に非麻痺側下肢が映るように設置した.患者には鏡に映る非麻痺側下肢を注視させながら両側背屈運動を行わせた. 【結果】 症例IはA1期1週,B1期2週とした.A1期にはFTD 0cmであった.B1期にはFTD約3cm改善した.MT実施中に「やればやるほど親指が動く感じがする」と内省報告が聞かれた.症例IIはA1期・B1期・A2期・B2期を1週とした.A1期はFTD変化なかったが,B1期はFTD約8cm改善した.A2期はFTD 9cmで維持された.B2期はFTD12cm改善した.MT実施中に「鏡を見て足を動かすと動かしやすい」と内省報告が聞かれた.症例I・IIともに各期で二分平均値法により,CL(Celeration Line)と傾き(slope)を算出した.症例I・IIいずれも操作介入期の傾きの向上が顕著であった.症例IIではA1期のCLをA2期まで延長したラインの上下ポイント数からFTD値の水準を二項検定で分析した.その結果,P(x)=14C0*(1/2)14 <0.01となりB1期以降のFTD改善は統計学的に有意であった.【考察】 本研究ではMTの有効性を検証した.MTが運動麻痺改善を促進した要因として,(1)運動の視覚的錯覚による効果,(2)実際に麻痺側足関節運動量が増したこと,(3)両側性運動による両側大脳半球の賦活化ならびに脳梁を介した運動促進といった3つの要素が考えられる.視覚入力重要性を示唆する脳内機構として,ミラーニューロンシステムがある.視覚フィードバックが運動野など興奮性を高めることでMT効果発現に関与している可能性がある.またMT効果発現機序として,足関節背屈運動量増加が考えられる.足関節が重度麻痺の場合,背屈運動を行う機会が少なく,不使用による麻痺を起こしやすい.川平らは脳卒中患者の通常練習に加え,麻痺側の5種類の運動を1日500回,約1ヵ月間行うことで有意に運動麻痺が改善したと報告している.さらに両側性運動による両側大脳半球賦活化ならびに脳梁を介した運動促進もMTの効果発現機序として考えられる.Luftらは両手を使用した単純な動きの訓練と随意的な訓練を比較し,両側性運動の機能転帰への有効性を報告している.本研究の限界として,従属変数をFTDとした点が挙げられる.今後は筋電図を使用しMT施行前後での筋活動を比べるなどoutcome指標について検討していく必要があるだろう.また本研究はSingle Case Designといった研究デザインの性質上,他の症例にも本研究で得た結果が得られるかどうかは不明である.今後はマルチベースラインデザインを使用して他症例への有効性を確認していく必要があろう. 【理学療法学研究としての意義】 麻痺側下肢に対するMTの有効性を検討した報告は少なく,経時的にその有効性を検討した報告は少ない.今回,MTの脳卒中患者の麻痺側に対するMTの効果を確認できた点で本研究は臨床的意義があったと言える.