抄録
【はじめに、目的】 近年、体幹の安定化を目的とした体幹深部筋群のトレーニングやそのメカニズムを解明するための研究が注目されている。その中で、リアルタイムに深部組織を確認できる超音波診断装置を用いた腹横筋の筋厚(腹横筋の収縮)や腹横筋・胸腰筋膜移行部の滑走(胸腰筋膜の変化)を測定する研究なども行われている。しかし、腹腔内圧の増加に関連がある腹横筋の収縮に伴う腹部内径の変化を測定する研究およびその変化と腰痛との関連を調べた研究はあまり行われていない。本研究では、安静時から収縮時にみられる腹横筋の深部への変化と腰痛との関連を明らかにすることを目的とした。【方法】 研究に対して、同意を得られた男性36名(22.8±4.0歳)を対象とした。まず、腰痛評価表を用いて、腰痛に対する問診・アンケートを行い、腰痛がみられ受診経験のある群(以下、A群)、ときどき腰痛はみられるが受診経験のない群(以下、B群)、腰痛のない群(以下、C群)に分類した。次に、超音波診断装置(東芝社製NEMIO SSA-550A)を用いた撮像は、臍レベルに統一し、腹部周囲にマーキングを行い、画像での確認をもとに最終的なプローブ(7.5MHz、リニア形PLM-703AT)位置を決定した。撮像肢位は腹臥位とし、安静時は腹横筋の先端(筋・筋膜移行部)を画像左端もしくは右端に合わせ、腹横筋の浅部・深部の筋膜が画像端に対し、垂直になるように撮像した。また、垂直方向にある安静時の腹横筋に対する収縮時の深部への変化もイメージングし、動画としてDVDに記録した。この時、腹横筋の収縮は、口頭指示および対象者からも確認できる超音波画像による視覚的フィードバックを用いて行った。なお、すべての測定は左側および右側から行い、無作為に実施した。記録した動画より画像編集ソフトWin DVDを用いて、静止画像を抽出した。抽出した画像において、画像解析ソフトImage Jを用いて、安静時および収縮時の腹横筋筋厚を測定し、変化量を算出した。さらに、画像端に対して垂直方向に走行している安静時の腹横筋と収縮時の変化により深部へ斜め方向に走行している腹横筋との角度を測定した。これらの測定結果に対し、一元配置分散分析およびBonferroniの多重比較検定を用い、各群を比較した。統計処理はSPSS version 10.0J for Windowsを用い、有意水準は5%と設定した。【倫理的配慮、説明と同意】 得られたデータは研究責任者が責任を持って管理し、倫理的な配慮や研究内容・目的・方法および注意事項などを記載した研究同意書を作成した。この研究同意書を元に、個別に研究責任者が被験者に対し説明を行い、被験者が十分に研究に対し理解した上で必ず同意を求め、直筆での署名を得た。【結果】 腰痛に対する問診の結果、被験者36名は、A群9名、B群9名、C群18名に分類された。腹横筋筋厚の変化量は、左側、右側ともに、各群において有意差がみられなかった。一方、安静時の腹横筋と収縮時に変化した腹横筋との角度は、左側、右側ともに、有意差がみられ、A群は他群と比較して低値であった。【考察】 腹横筋は、後方では胸腰筋膜に、前方では腹部筋膜に停止し、その筋膜系を介して取り囲むように配置しているため腹腔内圧の上昇にもっとも効率的であり、また、両側性の収縮が起こることで、腹横筋および筋膜で構成される腹部における深部の内径は小さくなり、腹腔内圧が高まると報告されている。本研究の結果、B群およびC群では腹横筋の収縮(筋厚増加)に伴い、安静時の腹横筋と収縮時に変化した腹横筋との角度も大きくなり、腹横筋は深部に移動した。しかし、A群では、その角度が大きくならず、腹横筋の収縮(筋厚増加)に伴う腹横筋の深部への動きが低下していた。つまり、腰痛がみられ受診経験のある群では、腹横筋の収縮に伴う腹横筋の深部への動きが低下しており、内径の狭小化で起こる腹腔内圧の上昇および脊椎の安定性を得ることができない可能性が示唆された。今後、腹横筋筋厚の測定を行うときに、腹横筋の深部への動きも合わせて測定する有用性が示された。【理学療法学研究としての意義】 最近では、超音波診断装置を用いた腹横筋や多裂筋などの体幹深部筋を測定する研究が注目されている。しかし、筋厚を測定する研究は多くみられるが、超音波診断装置の利点である前後や深部への動きなどを測定する研究は少ない。また、今回実施した腹横筋収縮時の深部への動き(腹部内径の変化)と腰痛との関連を検証することで、腰痛および脊椎の安定性低下に影響を及ぼす腹腔内圧低下の一要因を明らかにできた。今後、超音波診断装置を用いて腹横筋の筋厚を測定する時に、加えて、腹横筋の深部への動きも測定および分析することは、腰痛の影響因子や脊椎の安定性を考える上で有用である。これらの測定は、理学療法学研究としての意義があると考えた。