抄録
【はじめに、目的】 日本整形外科学会頚髄症治療成績判定基準(旧JOAスコア)は、頚髄疾患に対する評価法として広く使用されてきたが、頚椎の機能評価が乏しく、日常生活動作(ADL)機能の状態把握が不十分であり、さらに頚部痛や肩こりなどの痛みの程度や頻度を含めた主観的な健康状態が反映されていないなどの問題があった。2007年に制定された日本整形外科学会頚部脊髄症評価質問票(JOACMEQ)は患者立脚型疾患特異的な評価法であり、頚椎機能、上肢運動機能、下肢運動機能、膀胱機能、QOLの5つのスコアで構成され、さらに身体部位別にVASを用いて痛みや痺れを問う形式としている。しかし、これまでJOACMEQを用いた治療成績の報告は少ない。そこで本研究の目的は、JOACMEQを用いて当院の頚椎椎弓形成術後患者の短期治療成績を術前後で比較検討することである。【方法】 対象は2010年4月~2011年10月の間、当院にて片開き式頚椎椎弓形成術を施行した35名(男性30名、女性5名、年齢65.7±12.2歳、身長164.6±7.7cm、体重62.5±9.8kg)とした。なお、除外基準は脊柱手術の既往のある者とした。全対象は当院のクリニカルパスに従い術後翌日から頚部周囲筋の筋力強化、ADL指導などの理学療法を午前と午後に行い、術後10日で退院となる。外来では、通院頻度4.6±3.4回/月で定期的な評価と頚部周囲筋の筋力強化、ADL指導などを継続して行った。評価法はJOACMEQを使用し、頚椎機能、上肢運動機能、下肢運動機能、膀胱機能、QOL、VAS(首や肩の痛みやこり、胸を締め付けられる感じ、腕や手の痛みや痺れ、胸から足先にかけての痛みや痺れ)の各項目を術前と術後(平均観察期間77.4±50.6日)に測定した。統計学的分析はSPSSver12.0のWilcoxonの符号付き順位検定を用い、JOACMEQの各項目について術前後の比較を行った。なお、有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、対象者が研究における倫理的な配慮や人権擁護がなされていることを十分に説明し、同意を得ている。【結果】 術前後のJOACMEQの各項目結果は、頚椎機能(前66.3±25.7点、後62.1±26.5)、上肢運動機能(前70.1±20.6点、後79.3±17.9点)、下肢運動機能(前62.2±28.4点、後72.5±25.5点)、膀胱機能(前71.6±24.7点、後79.7±18.9点)、QOL(前39.9±16.6点、後47.1±12.0点)、また術前後におけるVASの変化は、首や肩の痛みやこり(前56.4±25.2mm、後41.8±24.8mm)、胸を締め付けられる感じ(前9.9±20.4mm、後3.0±7.6mm)、腕や手の痛みや痺れ(前64.9±26.7mm、後38.0±27.4mm)、胸から足先にかけての痛みや痺れ(前40.3±32.9mm、後34.4±31.1mm)であった。上肢運動機能、下肢運動機能、膀胱機能、QOLおよびVASの首や肩の痛みやこり、胸を締め付けられる感じ、腕や手の痛みや痺れは術前後で有意な改善がみられた(p<0.05)。しかし、頚椎機能とVASの胸から足先にかけての痛みや痺れは術前に比べて術後は有意な改善がみられなかった。【考察】 本研究結果において、頚椎椎弓形成術後患者の術前後を比較すると上肢運動機能、下肢運動機能、膀胱機能、QOL、VAS(首や肩の痛みやこり、胸を締め付けられる感じ、腕や手の痛みやしびれ)の項目で有意な改善を示した。これは手術介入に加えて、術後早期からの頚部周囲筋の筋力強化およびADL指導、外来では定期的な通院による理学療法の継続が各機能の改善に奏功したと思われる。一方で、頚椎機能は有意な改善がみられなかった。これは手術時の頚部伸筋群の侵襲や術後アライメントの変位が、頚椎機能の回復遅延に関与していると考える。またVASの胸から足先にかけての痛みや痺れについても、術後は改善傾向を示したものの有意差はなかった。これは年齢や術前の状態、脊髄変性の程度が影響したものと推察される。頚椎椎弓形成術後の理学療法では術後早期から頚椎機能の獲得のために、頚椎の可動域および頚部周囲筋の筋力強化に加えて、隣接関節に対するアプローチも重要と考える。【理学療法学研究としての意義】 JOACMEQは旧JOAスコアでは困難であった頚椎機能、患者の主観的な健康度やQOL、痛みや痺れの状態を把握できる。本研究結果からJOACMEQは、頚椎椎弓形成術後患者の症状や機能を把握でき、術後理学療法の検討に有益と考える。