抄録
【はじめに、目的】 拮抗筋を電気刺激し得られた筋収縮を主動作筋の運動抵抗として利用するHybrid Training System (以下,HTS)を開発し,主に健常人を中心に筋力増強効果を報告してきた.今回,人工膝関節全置換術(TKA)後の患者にHTSを実施し,手術前後での筋力や身体機能,QOLを評価して,その効果を検討することを目的に実験を行った.【方法】 1.対象:2010年11月1日から2011年6月31日の間に当院で変形性膝関節症(膝OA)に対しTKAを施行した患者25名(女性25名;74±8歳)を対象とし,コントロール(CON)群(術側右5名・左6名;74±8歳)とHTS群(術側右8名・左6名;75±7歳)に無作為に抽出し分けた.CON群は当院での従来のプログラムで術後リハ(関節可動域練習,重錐を用いた筋力トレーニング,基本動作練習,歩行練習)を行い,HTS群はこれに加えHTSを週3回行った.2.HTS:端座位で両膝屈伸交互運動を行った.屈曲3秒,伸展3秒,10回を1セット,セット間休憩1分間とし,10セット行った.表面電極を両側の大腿四頭筋とハムストリングに貼付し,刺激強度は,最大耐用電圧の80%とした.3.評価・統計:術前・術後3か月の1)筋力:膝関節60度屈曲位での等尺性膝屈曲・伸展筋力,2)歩行速度:10m歩行速度(快適),3)Timed up and go test (TUG),4)stair climbing test (SCT)を計測した.またQOL評価として5)JKOM(日本版膝関節症機能評価尺度)を用いた.統計はWilcoxon符号付き順位検定を用い, 危険率0.05未満を有意水準とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,久留米大学倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:第10136号).本研究に際し,事前に患者に研究の趣旨,内容及び調査結果の取り扱いなどに関して説明し同意を得た.【結果】 全例,疼痛の発生等無く,3か月間の実験期間を終了した.術前・術後3か月との比較においてHTS群では筋力(術側屈曲,健側屈曲,健側伸展),10m歩行速度,TUG,SCT,JKOMの項目において有意に改善していた.従来のプログラム群であるCON群においては筋力(健側伸展),TUG,10m歩行速度,JKOMの項目で有意に改善していた. 有意差を認めた評価項目について下記に示す.1) 筋力:HTS群の術側屈曲筋力は術前69.1±28.5N,3か月後93.1±28.2Nと改善していた(p=0.017).HTS群の健側屈曲筋力は術前73.7±29.3N,3か月後98.2±26.1Nと改善していた(p=0.002). HTS群の健側伸展筋力は術前173.8±44.0N,3か月後223.3±61.6Nと改善していた(p=0.011). CON群の健側伸展筋力は術前165.6±54.5N,3か月後198.8±18.9N と改善していた(p=0.007). 2)10m歩行速度:HTS群は術前13.7±6.2秒,3か月後10.1±1.8秒と改善していた(p=0.007). CON群は術前16.0±4.8秒,3か月後11.9±2.9秒と改善していた(p=0.001). 3)TUG:HTS群は術前16.3±12.4秒,3か月後9.9±1.8秒と改善していた(p=0.001). CON群は術前15.9±6.5秒,3か月後12.0±3.1秒と改善していた(p=0.004).4)SCT:HTS群は術前18.6±4.6秒,3か月後13.9±3.3秒と改善していた(p=0.003). 5)JKOM:HTS群のJKOMは術前78.9±23.1点,3か月後64.9±15.8点と改善していた (p=0.031). CON群のJKOMは術前78.0±23.0点,3か月後54.2±22.0点と改善していた(p=0.002).【考察】 重錘を用いた筋力トレーニングでは屈筋群と伸筋群を個別に行う必要があり,特に屈筋群では腹臥位が出来ない患者では困難である.一方,HTSでは主動作筋は随意的求心性収縮,拮抗筋は電気的遠心性収縮による筋力トレーニングが同時にできる.その結果,CON群では,膝屈曲筋力に有意な増強を認めなかったが, HTS群では膝伸展筋力だけではなく,膝屈曲筋力にも有意な増強を認めた.身体機能・QOLでは,両群ともTUG,10m歩行速度およびJKOMが改善したが,HTS群ではSCTにおいても改善を認め,HTSの筋力増強効果がより身体機能改善につながったものと思われる.さらに,HTSは簡易で持ち運びができ,患者の負担が少ないといった利点もある.手術後など制限が多い場面での筋力低下・筋萎縮の予防に,HTSは有効であると考えられる. 今回の研究では,実際の臨床で検討を実施するという種々の制約があり,従来のTKA術後リハプログラムと,これにHTSを加えたプログラムの比較を実施したもので,従来法へのHTS併用効果について検討を行ったものである.今後は運動負荷の条件などを同一にしたコントロール群との比較検討を実施するなど,さらに症例を重ね研究を進めて行きたい.【理学療法学研究としての意義】 TKA術後以外にも, 筋力低下・筋萎縮の予防は重要である.HTSは筋力増強に有用なトレーニング法であり,今後は様々な症例に応用していきたい.