抄録
【目的】 人工膝関節全置換術(Total Knee Arthroplasty,以下TKA)術後患者の歩行能力に影響を及ぼす因子についての報告は散見されるが,統一した見解は得られていない.我々は第46回日本理学療法学術大会においてTKA術前の変形性膝関節症患者の股関節周囲筋筋力が膝伸展筋力同様に低下していることを示した.このことからTKA術後患者においても,股関節周囲筋の筋力低下が歩行能力や応用動作能力に影響を与える可能性が存在すると考えた. そこで本研究は,TKA術後患者の歩行能力に影響を及ぼす因子として,従来より検討されている評価指標に加え,股関節周囲筋を含めて検討することを目的とした.【方法】 対象は当院でTKAを施行した患者である.診断名が変形性膝関節症(関節リウマチは除外)で,術後にリハビリテーションを中止するような合併症がなく,退院時の歩行レベルが杖もしくは歩行補助具なしで歩行が可能であった女性85名(年齢74.5±5.7歳,うち58名が両側変形性膝関節症)である. 測定項目は10m最大歩行速度(Maximum Walking Speed,以下MWS),膝関節ROM(屈曲,伸展),等尺性下肢筋力(股外転,股伸展,膝伸展),バランス能力(片脚立位時間,Modified-Functional Reach Test:以下,M-FRT),測定時期は退院時とした. 統計解析には統計ソフトSPSS(Ver.12.0J)を使用した.10mMWSとの関連因子を検討するために各因子(年齢,身長,体重,BMI,等尺性下肢筋力,片脚立位,M-FRT)をSpearmanの相関係数を用いて検討した.10mMWSは実用的な屋外歩行のための歩行速度である,10秒(1.0m/秒)をカットオフとした.10秒以下である群と10秒以上である群の2群に選別し,相関のある因子を独立変数に,10mMWSを従属変数としてロジスティック回帰分析を行い10mMWSに関連する因子を抽出した.統計学的判定の有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 倫理的配慮として当院倫理委員会の承認を得た(承認番号第1313号).対象者には研究についての適切な説明を行い十分に理解していただいた上で同意を得た.【結果】 10mMWSと相関関係にある因子は,年齢(r=0.400,p<0.01),膝伸展筋力の非術側(r=-0.360,p<0.05),股外転筋力の非術側(r=-0.331,p<0.01),股伸展筋力の非術側(r=-0.394,p<0.01),術側(r=-0.322,p<0.05),片脚立位時間の非術側(r=-0.636,p<0.01),術側(r=-0.582,p<0.01)であった.ロジスティック回帰分析の結果,10mMWSに影響を及ぼす因子として非術側の股伸展筋力(オッズ比;1.399,95%信頼区間;1.003-1.952,p<0.05)と術側の片脚立位時間(オッズ比:1.028,95%信頼区間;1.012-1.045,p<0.001)が抽出された.この2因子による判別の的中率は74.1%であった.【考察】 先行研究ではTKA術後の歩行速度には片脚立位時間や重心動揺などのバランス能力が影響し,膝周囲の下肢筋力は関与しないとする報告が多い.今回のロジスティック回帰分析の結果,TKA術後の10mMWSに影響する因子の1つめは術側片脚立位時間であり,先行研究を支持する結果となった.2つめは非術側股伸展筋力であり,膝伸展筋力は抽出されなかった.一般に,歩行能力との関連が高いとされる膝伸展筋力が抽出されなかった背景には,今回の対象が,両側変形性膝関節症症例が約70%と多く,術側だけでなく,非術側の膝伸展筋力も低値であり,その結果,代償的に歩行の推進力として働く股伸展筋力が抽出されたと考えられた.また,TKA術後患者の入院期における歩行は非術側立脚期が術側立脚期よりも相対的に長くなっていることが観察される.大殿筋など股伸展筋力は立脚期に骨盤や体幹の安定性に大きく寄与する筋であり,非術側立脚期延長に伴い股伸展筋力が,より歩行速度へ影響を与えた可能性が示唆された.膝関節疾患における股関節周囲筋については今後,さらに検討を重ねる必要があると思われた.【理学療法学研究としての意義】 TKA後の歩行速度に関与する身体機能を検討することで,術後の理学療法を展開する際の方針を立てるのに役立つと考える.