抄録
【はじめに、目的】 大腿骨近位部骨折患者における退院時歩行能力の予測は術後リハビリテーションプログラムの作定やゴール設定をする上で重要である。近年、在院日数短縮化やクリニカルパスの活用に伴い、入院後早期に機能予後や退院先を判断し対応することが求められる。また、当院では急性期病棟、回復期病棟を有す複合施設であり、早期の判断が重要であることが多い。最近では術後早期からの運動機能評価から機能予後を予測するような報告が増えてきているがエビデンスを備えているものは少なく、その構築には至っていない。濱田らは修正Timed Up and Go test(TUG)を用い、荷重開始から1週目の修正TUGが43秒未満であれば自宅復帰できる可能性が高いことから、修正TUGを用いた荷重開始から1週目の運動能力評価が、退院先予測の1つの目安になることが示唆されたと報告している。そこで本研究の目的は、大腿骨近位部骨折患者の術後早期運動機能と退院時移動能力の関連を調査することである。また術後早期運動機能によって退院時移動能力を予測可能か否か修正TUGを用いて検討することである。【方法】 対象は2010年12月から2011年9月までに当院にて観血的治療を受け、理学療法施行され退院した大腿骨近位部骨折患者全75例中、術後に全身状態が悪化した8例を除くデータ収集が可能だった50例とした。対象の内訳は男性9例、女性41例、平均年齢78.7±11.7歳、平均在院日数53.6±25.3日(急性期病棟28.5±13.2日、回復期病棟34.6±19.9日)であった。骨折型、術式の内訳は大腿骨頚部骨折18例(人工骨頭置換術15例、骨接合術3例)、転子部骨折32例(骨接合術32例)であった。術後2週目に修正TUGを測定し、退院時まで追跡調査した。退院時の移動FIM値から6点以上(自立群)、5点以下(非自立群)に分け、術後2週目修正TUG(2週目TUG)値と退院時移動FIM値の関連を検討した。また2週目TUG値による退院時移動能力の敏感度と特異度から受信者動作特性(ROC)曲線を作成しcut-off値を選出した。次にcut-off値から対象を2群に分け、手術外因子をBMI、合併症の有無、術前待機日数、リハ開始までの日数、受傷前移動レベル、受傷前住居とし比較検討した。統計処理は2×2分割表によるχ2乗独立性検定、Spearmanの順位相関係数の検定、スチューデントのt検定、Mann-Whitney U検定を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当院倫理委員会の承認を得た後に実施した。対象者には研究の趣旨、目的、参加の任意性と同意撤回の自由、及びプライバシー保護、また拒否した場合も治療には支障がないことを十分に説明を行い、書面にて同意を得た。【結果】 2週目TUG値と退院時移動FIM値に有意差(P<0.01, Φ係数0.56)がみられ、また有意に負の相関関係(P<0.05,相関係数-0.36)が認められた。ROC曲線から選出したcut-off値は80秒で敏感度81%,特異度75%であった。80秒未満群を良好群、それ以外を不良群に分け比較検討すると、BMI、合併症の有無、術前待機日数、リハ開始までの日数、受傷前住居に有意差はみられず、受傷前移動レベルのみ有意差がみられた(P<0.01)。【考察】 術後早期の運動機能に関し菅野らは術後2週目での歩行獲得の評価は、その後の歩行獲得・自宅復帰の可否に対する予測因子になる。寺島らは2週以内に平行棒歩行が可能となれば退院時に杖歩行が獲得でき、それ以上の日数を要するならば平行棒歩行以上の能力獲得は困難と報告している。濱田らは修正TUGを用いた荷重開始から1週目の運動能力評価が、退院先予測の目安になると報告している。本研究の結果は、2週目TUG値と退院時移動FIM値に有意差を認め、また、2週目TUG値が低いほど退院時移動FIM値が高くなるという有意な負の相関関係を認めた。以上のことから術後早期の修正TUGを用いた運動機能は退院時移動能力を予測し得ること、術後早期の修正TUGの有用性が示唆された。2週目TUGのcut-off値は80秒が最良点で、80秒未満であれば81%が退院時移動能力は自立し、80秒以上であれば75%が退院時も自立に至っていないことが分かった。本研究では対象の除外基準を設けず、cut-off値を基準に対象を2群に分けた場合、手術外因子に有意差を認めなかったことから、2週目TUG値は多くの患者に応用できる指標であると考える。この指標により、術後2週目に大腿骨近位部骨折患者の退院時移動能力を80%以上予測可能になった点で臨床的な意義があると考える。【理学療法学研究としての意義】 高齢者の増加に伴い大腿骨近位部骨折が増加傾向にある。近年は在院日数の短縮化、クリニカルパス活用に伴い、本骨折の転帰やアウトカムを早期に求められることが叫ばれている。その中で本研究は、対象者を選択せず術後早期運動機能から退院時移動能力を予測し得ることを示唆したことは、臨床的に意義があり、今後の本骨折の治療方針を立てるための一助となることが考えられる。