抄録
【はじめに、目的】 変形性膝関節症(膝OA)患者の疼痛軽減に対する運動療法の有効性については,システマティックレビューにより”platinum level”と評されるほど高いエビデンスが確立されている(Fransen M, The Cochrane Collaboration, 2009)。一方,その疼痛軽減の機序は十分に解明されていない。さらに,膝OA患者は高率に半月板損傷を有するとされるが,このような症例に対する運動療法の効果を明示したエビデンスは存在しない。よって,本研究ではMRI上,半月板損傷を有する膝OA患者に対する運動療法の効果を無作為化比較対照試験(RCT)により検証する事で,膝OA患者に対する運動療法の適応範囲を明確化し,さらに疼痛軽減の機序の一助を得ることを目的とした。【方法】 札幌市近郊在住の55歳から75歳の女性で,膝関節に疼痛など慢性的に不調を有する者378名を対象とした。その中から除外基準(JOA Score55点未満または100点,急性的に疼痛が増悪した,全力で走行可能で疼痛がない,膝痛以外に運動の制限となる疾患がある)に該当しない330名を一次抽出した。さらにその中から無作為に抽出した上,介入群61名と対照群96名に層化割付けした。その後,整形外科医の診察により,膝のロッキングや高度の腫脹など運動療法参加により疼痛増悪が予測される3例が除外された。半月板損傷の診断基準はMRIによるMink分類のグレード3とした。疼痛とそれに伴う運動機能障害はWOMAC とVisual Analogue Scale (VAS)によって評価した。運動機能は長座位体前屈,歩行速度(通常,最大),片足立ち時間,ファンクショナルリーチ,筋力・可動域(ともに膝関節伸展・屈曲)により評価した。測定は介入前後の2回実施し,介入に伴う改善度について半月板損傷の有無と群(介入群,対照群)を要因とした二元配置分散分析を行った。介入は,ストレッチング,自転車エルゴメーターによる有酸素運動,下肢・体幹筋力強化,バランスボール等を用いたスタビライゼーションを含む包括的な内容とし,1回約90分,週2回で12週間実施した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は所属機関の倫理委員会に承認された上,ヘルシンキ宣言に基づき実施された。また,全ての対象者に対して事前に十分な説明の上,同意を得た。【結果】 脱落者は介入群が3名,対照群が9名であった。MRI上,半月板損傷を認めた症例は介入群15名,対照群33名,認めなかった症例は介入群43名,対照群51名であった。疼痛に関しては,VAS,WOMACともに半月板損傷の有無と群による交互作用はなかったが,介入群で改善度が高く,群間の主効果が有意であった。運動機能では交互作用が膝屈曲可動域のみに有意で,それ以外の項目にはなかった。また,通常・最大歩行速度,片足立ち時間,膝伸展・屈曲筋力,膝伸展可動域において介入群の改善度が高く,群間の主効果が有意であった。一方,半月板損傷の有無については疼痛,運動機能ともに有意な主効果はなかった。【考察】 本研究結果より,膝屈曲可動域以外の項目では,群と半月板損傷の有無との間に有意な交互作用がなかった。これは,介入群における疼痛や運動機能の改善が,MRIによる半月板損傷の有無に依存しないこと,つまり,半月板損傷という器質的障害が明らかであっても運動療法の効果が得られるということを意味する。本研究からその機序について明確化できないものの,半月板の自己修復能を考慮すると,3ヶ月という短期間の運動療法により損傷された半月板が修復された可能性は低い。先行研究より,膝関節に疼痛のない60歳以上の日本人の42%にMRI上内側半月板後角の断裂が存在するとされる(Fukuta et al. 2002)。また,本研究では,事前の診察により半月板損傷の主症状であるロッキングを呈するような症例は除外した。つまり,今回の対象者ではMRI上半月板損傷が存在しても,それ自体が疼痛や機能障害の主因になっているとは限らないため,半月板以外の要素の改善が疼痛軽減の機序に関連している可能性があると考える。何れにせよ,MRI上半月板損傷が存在しても,本研究のように機能障害が中等度までの膝OA症例を対象とし,かつロッキングといった半月板損傷に起因する明確な徴候を有さなければ,運動療法が除痛,運動機能改善に対して効果的であり,積極的な介入の適応になると考える。【理学療法学研究としての意義】 本研究は,MRI上半月板損傷を有する膝OA患者に対する運動療法の有効性を示した初めてのRCTであり,エビデンスに基づく理学療法を実践する上で重要な知見である。