抄録
【はじめに、目的】 大腿骨近位部骨折術後の歩行獲得に影響を与える因子として、認知症の有無、年齢、筋力、受傷前の歩行能力などが諸家により報告されている。それらの中でも特に、認知症を有する場合、理学療法に対する意欲の欠如や、必要性を理解できないという点から運動療法の効果が期待できず、歩行獲得に難渋することをしばしば経験する。一方、手術後には、手術侵襲による炎症反応が生じることが予想される。先行研究では、認知機能が低下している患者は術後の炎症反応が遷延することが示されており、我々もこれまでに、大腿骨近位部骨折術後患者において、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)の得点と術後14日のCRP値は負の相関を認めることを示しており(第27回東海北陸理学療法学術大会)、炎症反応の遷延と認知機能低下との関係が示唆されている。これらより、認知症を有する大腿骨近位部骨折術後患者では、炎症反応の遷延が歩行獲得困難に影響していると推察されるが、それらを合わせて検討したものは少ない。また、炎症反応の遷延が具体的にどのように歩行獲得に影響を与えるかを検討したものも少なく、検討が必要であると考えた。本研究の目的は、大腿骨近位部骨折術後患者において、歩行獲得に関連する因子について、認知症の有無による差を検討し、認知症患者の特徴を示すことである。【方法】 2011年4月から9月までに当院にて大腿骨頸部骨折および大腿骨転子部骨折に対して手術および理学療法を施行した患者のうち、受傷以前より歩行不可能であるもの、評価実施不可能であったものを除く、25例(男性10名、女性15名、平均年齢80.3±5.9歳)を対象とした。内訳は大腿骨頸部骨折10例、大腿骨転子部骨折15例(人工骨頭9例、ハンソンピン1例、ガンマネイル13例、インタータン2例)であった。対象をHDS-Rの得点が20点以下の認知症群(n=9)と21点以上の健常群(n=16)に群分けし、各群の因子を後方視的に調査した。調査項目として、受傷時年齢、Body mass index(BMI)、受傷前歩行能力、術後7日の健側および患側膝関節伸展筋力、術後7日および14日のVisual analogue scale(VAS)、大腿周囲径および下腿最大周囲径、術後14日での歩行獲得(100m連続歩行の可否)を診療記録より収集あるいは測定した。また、検査データとして、術後3日および14日のC-Reactive Protein(CRP)値ならびに血清アルブミン値をデータベースより収集した。膝関節伸展筋力の測定にはHand held dynamometer(ANIMA社製,等尺性筋力計ミュータスF-1)を用い、測定方法は先行研究に準じて行った。測定は健側および患側の脚に対して十分な間隔をあけて2回ずつ施行し、それぞれの最大値を筋力として採用した。そして健側および患側の筋力を体重で除した値を求めた。統計処理では、2群間の因子の比較には対応のないt検定あるいはχ2検定を用いた。さらに、CRP値とHDS-Rの得点はPearsonの相関分析を用い、相関係数を求めた。統計ソフトはDr.SPSS2を用い、危険率5%未満を有意水準とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者あるいはその家族に対して本研究の目的を説明し、同意を得たうえで検査ならびに測定を行った。【結果】 対象特性は、受傷前歩行能力が自立あるいは修正自立20例・介助歩行5例、術後14日の時点での100m連続歩行は、可能14例・不可能11例であった。2群間の比較では、歩行獲得の可否、健側膝関節伸展筋力、術後7日のVAS、術後14日の下腿周囲径の項目で有意差を認めた(p<0.05)。年齢、受傷前歩行能力、術後14日のVAS、術後3日および14日のアルブミン値には差を認めなかった。また、HDS-Rの得点と術後14日のCRP値には中等度の負の相関を認めた(r=-0.42、p<0.05)。【考察】 術後14日のCRP値とHDS-Rの得点は負の相関を認め、認知機能低下を呈している患者は、術後の炎症反応が遷延することが示唆された。しかし、術後14日のCRP値、VAS、大腿周囲径などの炎症反応と関連する項目には差を認めなかった。この要因として、合併症が影響を及ぼした可能性がある。健常群では糖尿病4名、関節リウマチ1名、片麻痺2名、変形性関節症2名、認知症群では糖尿病1名、片麻痺3名がそれぞれ存在しており、CRP値やVASあるいは大腿周囲径に影響を及ぼしたと考える。【理学療法学研究としての意義】 大腿骨近位部骨折術後患者において、歩行獲得と認知機能低下ならびに炎症反応を合わせて検討した報告は少ない。本研究の結果は、認知機能低下を呈している大腿骨近位部骨折患者は術後の炎症反応が遷延し、歩行獲得に影響することを示唆するものである。このことは、大腿骨近位部骨折術後患者に対して理学療法を実施するにあたり、予後予測ならびに治療を行う際の一助になると考える。