抄録
【はじめに、目的】 人工股関節置換術(THA)後の患者の自覚的脚長差はQuality of Life(QOL)と関連することが報告されている(Konyves, 2005; Wylde, 2009).これまで自覚的脚長差の原因として、インプラントの設置や股関節の変形に由来する構造的脚長差が主として検討されてきたが,関連性は低いという報告が多い(Edeen, 1995; Wylde, 2009).一方,THA後に多く観察される股関節周囲筋の短縮や側弯の残存等による骨盤傾斜によって生じる機能的脚長差においては,自覚的脚長差およびQOLとの関連性は明らかとなっていない.そこで本研究では,THA後の構造・機能的脚長差と自覚的脚長差およびQOLとの関連性を明らかにすることを目的とした.【方法】 2010年3月から9月に,2つの股関節疾患専門病院における片側初回THAを施行した患者を対象とする前向きコホート研究を行った.2病院ともに後側方侵入法によるTHAが行われ,術後3週間程度で退院となるクリティカルパスが適用された.構造的脚長差は,術後3週で撮影された両股関節立位X線像を基に,Woolsonら(1999)の涙痕間線を基準とした小転子までの垂線の長さを求める手法を用いた.その左右差が5mm以上を構造的脚長差有りとした.機能的脚長差の指標として,患者の均等感と膝関節伸展位を基準として補高の高さを計測するブロックテストを退院時に行い,5mm以上を機能的脚長差有りとした.本手法は,Kogaら(2010)によって腰椎側方可動性と関連することが報告されている.自覚的脚長差とQOLは退院6ヵ月後,郵送にて調査した.自覚的脚長差は「左右の脚の長さに違いを感じるかどうか」の有無を選択させた.QOLは, SF-36 v2 Health Surveyの下位尺度である身体機能(PF),日常役割機能(身体)(RP),体の痛み(BP),全体的健康感(GH),活力(VT),社会生活機能(SF),日常生活機能(精神)(RE),心の健康(MH)と,変形性関節症特異的QOL指標であるWestern Ontario and McMaster Universities osteoarthritis index (WOMAC)の下位尺度である機能と疼痛(術側)を用い計測した. 解析は,年齢,性別,BMI,ベースライン時のQOLを調整変数とし,退院時の構造・機能的脚長差の有無,6ヵ月後自覚的脚長差の有無,6ヵ月後QOL得点の3変数にてパス解析を行い,その偏回帰係数(以下,パス係数)から関連性を検討した.p < 0.05を統計学的有意水準とした.【倫理的配慮、説明と同意】 倫理委員会の承認を得て,手術前に対象者本人へ書面を用い十分な説明を行い,署名にて参加の同意を得た.また,患者の権利と守秘義務に十分配慮し,本研究を施行した.【結果】 81名の患者が参加し,46名(女性40名,年齢64.0±9.6歳,BMI23.8±3.8)が調査を完遂した.6ヵ月後の自覚的脚長差に対して,構造的脚長差のパス係数は0.048と低く,機能的脚長差のパス係数は0.458であった(p < 0.01). QOLに対する構造・機能的脚長差と自覚的脚長差を加えたモデルにおいて,自覚的脚長差のパス係数はPFに対して0.353(p < 0.05), VTに対して0.398(p < 0.05),REに対しては0.373(p < 0.05),MHに対して0.508(p < 0.01),WOMAC機能に対して0.471(p < 0.05)であった.QOLに対する構造・機能的脚長差のパス係数は-0.198~0.109と低く,有意な項目はなかった.【考察】 結果よりTHA後の自覚的脚長差には,構造的脚長差よりも機能的脚長差の影響が強いことが明らかとなった.また退院時の機能的脚長差が6ヵ月後の自覚的脚長差と関連し,このことがTHA後QOLに関連していることが明らかとなった.これまでTHA後の脚長差については,構造的脚長差が主として議論されてきたが,機能的脚長差への介入が必要と考えられる.機能的脚長差の原因と考えられる骨盤傾斜に関与する周囲の筋短縮や関節拘縮に対する構造化されたアプローチや,機能的脚長差に対する補高装具によって,退院後の自覚的脚長差およびQOLが改善する可能性が示唆される.【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果は,THA後患者のQOLに影響する自覚的脚長差の予測因子の1つとして,理学療法によって介入可能な機能的脚長差との関連性を初めて明らかにしており,THA後理学療法にとって重要な知見を提供するものである.