抄録
【目的】 人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty: THA)後患者の多くは、術後早期から歩行時にT字杖を使用する。THA術後患者におけるT字杖使用の目的は、患側と反対側に突くことで患側立脚期における前額面上での側方安定性に寄与することであるが、いつまで使用する必要があるかを検討した先行研究は少ない。そこで本研究の目的は、THA施行患者に対して3軸加速度リサージュ波形を用いた歩行解析および筋力測定を術前、術後12週、術後6ヶ月において行い、T字杖使用時期に関する考察を得ることとした。【方法】 対象は当院において初回片側THAを施行された女性16名、男性4名の計20名(平均年齢64歳)。脚長差が2cm以上で補高が必要な患者、神経疾患や認知機能障害を有する患者、および全ての測定が行えなかった患者は対象から除外した。測定項目は股関節外転筋力、10m歩行速度、体幹加速度左右偏倚の指標となるLissajous index (LI)である。LIは、体幹加速度信号の垂直成分および側方成分を平面プロットしたリサージュ波形を用いて、第1、第2象限におけるXYの最大値を一辺とした矩形面積の対称指数を算出した(LI =|1/2 ×(R right - R left)/ (R right + R left)×100| :R=矩形面積)。LIが低値であるほど対称性の高い歩容であることを示す。筋力測定は、ハンドヘルドダイナモメータを用いてそれぞれ2回測定したうちの高値を測定値とした。筋力評価は、術側体重比、非術側体重比(N/kg)、術側/非術側比(%)を算出して術前後で比較した。歩行解析は3軸加速度計を対象者の第3腰椎部に設置して10mの測定区間を自由歩行するように指示し、T字杖あり(使用時)およびT字杖なし(非使用時)の2条件にて行った。測定時期は術前、術後12週および術後6か月とした。それぞれの歩行指標は2元配置分散分析、筋力は1元配置分散分析用い、多重比較にはTukey検定をそれぞれ用いて比較検討した。すべての統計学的有意水準は5%未満とした。【説明と同意】 対象者には本研究の趣旨、侵襲の有無、個人情報の保護など、神戸大学医学倫理委員会の指針に則った項目を口頭で説明し、同意を得た。【結果】 歩行速度は術前、術後12W、術後6ヶ月の全ての測定時期において非使用時で有意に高値であった。LIは術前との比較において、術後12週、術後6ヶ月のそれぞれで2条件ともに有意に低値を示した。すなわち、両条件とも経時的に体幹左右偏倚が減少していた。しかし、各測定時期における2条件でのLIの比較では、術前および術後12週で使用時に有意に低値を示し(術前→使用時:57.0%、非使用時:73.9%、術後12W→使用時:46.3%、非使用時:65.0% P<0.05)、術後6か月においては有意差はなかった。これは術後12週においては使用時の方が非使用時より体幹左右偏倚が少ない安定した歩容であることが示している。股関節外転筋力体重比は改善の傾向はみられたが各測定時期間に有意差はみられなかった。一方、術側/非術側比は術前と比較して術後6ヶ月では有意に高値を示した(術前:80.8%、術後6か月:98.9%)。【考察】 本研究の結果から、THA術後患者の体幹左右偏倚は術後12週では杖を使用することで低下し、術後6か月で杖使用の有無に有意差がなくなることが明らかになった。これまでの先行研究における杖使用の時期については、リハビリテーションプロトコルとして術後4週~10週程度使用とばらつきがあり、客観的な指標に基づいた設定はされていない。一方、本研究の結果は杖使用の時期に言及できる結果であると考えられる。体幹左右偏倚に関しては術後経過とともに改善する結果となり、杖を使用していても歩容の改善はみられた。また、股関節外転筋力に関しては術側体重比は術後経過とともに改善の傾向はみられたが有意差はなく、術側/非術側体重比において術後6か月で有意に改善がみられた。THA術後の股関節外転筋力は術側のみの改善を指標にしている報告が多いが、体幹左右偏移に影響する指標としては本研究で用いた術側/非術側比で検討することが重要であると考えられた。本研究の結果を踏まえ、術後評価およびプログラムには前額面での左右安定性を考慮し股関節外転筋力の左右バランスを意識する必要があると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 THA術後患者の杖使用に関してはこれまで、その使用時期に関する明確な基準が乏しく、患者自身に委ねられることも少なくなかった。しかし、本研究で用いた3軸加速度リサージュ波形は体幹左右偏移を簡便にかつ客観的に知ることができ、これまでの主観的な判断に代わってT字杖使用の判断に客観性を付与するものと考えられる。